【展示会】 「キリスト教とアジア世界――高瀬弘一郎コレクションからみる」 東京大学・アジア研究図書館インタビュー 2025年12月16日

キリシタン史研究の碩学として知られる高瀬弘一郎氏の蔵書数千冊が東京大学アジア研究図書館および同大学総合図書館へ寄贈されたことを記念して、東京大学附属図書館アジア研究図書館研究開発部門(RASARL)主催の展示「キリスト教とアジア世界――高瀬弘一郎コレクションからみる」(12月26日まで)と岡美穂子氏による記念講演が行われた。
高瀬氏(1936年生、東京都出身)は近世日欧交渉史およびキリシタン史の研究において、古い南欧語で書かれた一次史料を調査・解読し、それらに基づいて当時のキリスト教宣教の政治的・経済的動向を明らかにしたことで知られる。信仰的な見方に偏重しがちな分野に新たな角度から光を当て、キリシタン時代を単に「布教の歴史」として記述するのではなく、グローバルな貿易・外交の複合的なプロセスとして再定義した。さらに、ヨーロッパ各地に散在する一次史料の現地調査を重ね、膨大な文書を収集するのみならず、それらを翻刻・翻訳の上、詳細な注を付けて出版し、他の人も利用できる研究の基盤を築いた。そうした業績が認められ、1979年に日本学士院賞を受賞。慶応義塾大学文学部助教授、教授を歴任し、2002年に退職。現在は名誉教授。
高瀬コレクションの中にはどのような資料があるのか、なぜ東京大学の二つの図書館に寄贈されるようになったのかなどについて、蔵書受け入れに関する一連の業務に携わった河原弥生氏(RASARL准教授)と岡美穂子氏(東京大学史料編纂所准教授)にそれぞれ話を聞いた。

河原弥生氏
――高瀬弘一郎氏の蔵書を東京大学の二つの図書館で受け入れるようになった経緯についてお聞かせください。また、寄贈された蔵書の中にはたいへん貴重な書籍も含まれていると思うのですが、一体どのようなものがあるのでしょうか?
河原 まず蔵書の寄贈受け入れの経緯からお話ししますと、最初にお話があったのは2017年のことだったと聞いています。当時はまだアジア研究図書館が設立されておらず、私も着任していなかったのですが、岡先生から当時の史料編纂所図書部長の本郷恵子先生、本郷先生から当時の附属図書館長の久留島典子先生へと相談があり、このような貴重な資料が散逸することは絶対に避けなければならないという認識で一致して、そこから動き始めたということです。その後、コロナ禍をはさんで各部署と協議を重ね、寄贈の受け入れが決まりました。
寄贈の対象となった蔵書はほぼすべて洋書で、約3400冊を受け入れることとなり、寄贈の検討と同時期に設立されたアジア研究図書館に約1千冊、総合図書館に約2400冊が所蔵されることとなりました。搬入が始まったのは2022年1月だったのですが、何しろ膨大な冊数で、多くがポルトガル語であったため読める人も限られていたことから整理に何年もかかり、今年ようやく整理が完了して、全点が利用に供される運びとなりました。
このことを記念して今回展示を行ったのですが、中でも17世紀に刊行された貴重書の原本や、イギリスの著名な歴史学者チャールズ・ボクサーの署名入りの書籍は目玉と言っても過言ではないでしょう。展示が終わったらこれらの貴重書は特別な手続きを経ない限り閲覧できなくなるのですが、調査・研究のために資料目録を出版する予定でおります。資料目録が出版されましたら、東京大学のリポジトリでも公開されますので、ウェブでいつでもどなたでもご覧いただけます。
――それはありがたいですね。河原さん自身、ウズベキスタンを中心とした中央アジア史の研究をされていますが、研究者の目から見て、学界をけん引してきた研究者の蔵書が図書館に寄贈されることや、高瀬コレクションの意義についてどのようにお考えになりますか?
河原 研究者が資料を託すという行為はとても意味あることだと思います。その分野の第一人者が生涯かけて集めた資料というのであればなおさらです。今後誰かが研究を発展させていくには、先行研究で依拠された資料にアクセスできないと、その研究を的確に追えないですよね。日本で出版された書籍であれば本学の図書館にも収蔵されていてほとんど漏れがないと思いますが、海外の資料は事情が違います。参照しようにも国内に無くてどうしようもないということがよくあります。そうした海外の資料を、1冊2冊といった断片的な形でなく、まとまった形で託してもらえるということは、後学のためには何ものにも代えがたい意義があります。
――ありがとうございました。

岡美穂子氏
続いて、今回の寄贈に際し、各所に働きかけ、自身も労苦して仲介役を果たした岡氏に話を聞いた。
――高瀬氏と氏の蔵書についてご紹介いただけますか。高瀬氏とは、どういう方なのでしょうか? 今回、岡さんが積極的に動いた理由についても、あわせてお聞きかせください。
岡 高瀬氏はご自分の財産を本と資料につぎ込む人生を歩まれた方だと思います。日本にない史料を何度もポルトガルやスペイン、イタリアの文書館に通って写したり、マイクロ複写を収集したり、生活を切り詰めてでも購入して集めたもののうち、書籍部分が今回寄贈されました。これを後進の研究のために役立ててほしいというのが高瀬氏の思いです。私も相談を受けて、この資料群を絶対にバラバラに散逸させてはいけないと思いました。保管スペースなどの問題で協議は必要でしたが、幸い、学術的価値を認識してくださる方々のおかげで、貴重な資料の寄贈を有り難くお受けすることができ、安堵しています。
実は私は、大学院の修士課程1年生だったころ、東洋文庫に予約なしに訪れて、資料の閲覧を断られて困り果てていた時に、たまたまその場に居合わせた、当時面識のなかった高瀬氏に助けてもらったことがあるのです。せっかく京都から行ったのに史料を見られなかったら帰るに帰れないし、泣きたい気分だったのですが、偶然居合わせた高瀬氏に(ご本人と知らないまま)事情を話し、自身の研究も話す途中で「この分野の研究は、高瀬弘一郎氏の研究が他の追随を許さないですね」と言ったら、「高瀬というのは私です」と。当時はまだ学会にも入っておらず、お顔も存じ上げませんでした。高瀬氏が、資料出納係の人に口を利いてくださり、無事に資料を閲覧して帰ることができたということがありました。それからもう何十年も経ちますけど。
――そのようなことがあったのですね。その後、高瀬氏のゼミに出て教えを受けたりしたのですか?
岡 いえ、私は学生時代ずっと関西にいて、留学には行きましたけど、こちらに着任するまでほとんど東京に来たことはなかったので、高瀬氏のゼミに出席したというわけではありません。だから授業やゼミで何かを直接的に教わったということはないのですが、私が書いた本の書評を、高瀬氏が書いてくださったことがあります。その書評はなかなかに厳しいもので、私としては反論したい点もあったのですが、それより感謝だという気持ちが優りました。箸にも棒にも掛からない研究であれば、頼まれたとしても書評をお受けにならなかったと思うので。それに、指摘と同時に評価もしてくださっていました。直接教えを受ける機会はなかったけれど、論文をお送りすると必ずお手紙でコメントをくださり、そういった形でご教示を受けてきたのかもしれないですね。同じ分野の一次史料を読むという点でも、研究の方向性という点でも共通する部分があったので、関心を持ってくださったのだと思います。直弟子ではないですが、高瀬氏は私が最も影響を受けた研究者です。
しかし、だからといって私のいる東大へ、ということで今回こちらに蔵書を寄贈されたのではないですね。一番広く利用され得る形を総合的にお考えになって、公平な学問の発展を心から願っているから、こちらを寄贈先に選んでいただいたのだと思います。ただ、個人的には、これらの資料を我々に託してもらえたことはとても光栄なことだと思っています。私自身は一生かかっても高瀬氏の業績には追いつけないですし、氏の研究から恩恵を受けるばかりですが、それでも今回の寄贈に一役買えたことで、少しでも恩返しになったのならうれしいです。
――ありがとうございました。
「キリスト教とアジア世界――高瀬弘一郎コレクションからみる」展示会(11月28日~12月26日)
https://www.lib.u-tokyo.ac.jp/ja/library/asia/event/20251226

写真提供=アジア研究図書館

















