【雑誌紹介】 教会という存在の向こう側に 『福音宣教』1月号

発行元のオリエンス宗教研究所所長カブンディ・オノレの「新年に寄せて」。
「こうして分かってきたことは、日本社会は若者も高齢者も他の先進国と同じように、多くのストレスや緊張の連続に直面しているという現状です。彼らは深い孤独、圧倒的な欲望、辛く悲しい別離、苛立つ焦燥感、更には自殺にまで追いつめられてしまうような状況の中で日々生きています。多くの人がストレスの溜まる生活に何とかして意義を見出そうともがいています。このような中で教会が社会的な構造に焦点を当てて教え諭す姿は、最初は、人々の心を惹きつけません。ところが一緒に歩んでいくうちに、いわば教会という存在の向こう側に、自分たちを愛し、自分たちの人生に意味を与えてくれる神がいることに気づいてくれるのです」
「いま私たちの周りを見渡すと、啓発すべき魂、乾かすべき涙、慰めるべき失望を抱えた人、励ますべき絶望的な人、訪問すべき病人や孤独な人、導くべき子どもや若者、介護すべき障がい者や年長者、そして歓迎すべき外国人の姿があります。今こそ、キリストの名によって互いに愛し合い、世話をする者になること。それこそが福音宣教の使命を与えられた私たちの召命なのです」
魯恩碩(ロ・ウンソク、国際基督教大学教授)による新連載「旧約聖書における共存と共生」。初回はカインとアベルの物語を取り上げる。
「現代においても、人類が互いを『兄弟姉妹』とみなせるか、少なくとも互いに責任を持ち合う存在として捉えられるかは喫緊の課題です。例えば、国家間の紛争や宗教・民族対立は依然として続き、難民や移民の流入が各地で政治・社会課題となっています。さらに最近では、多くの国で選挙の時期になると、外国人や少数派の人々がしばしば政治的な『サンドバッグ』にされています。社会の不安や不満が彼らに押しつけられ、スケープゴートとして非難の矛先が集中することが少なくありません」
「こうした現象は世界中で共通して見られ、権力者が支持を得るために弱い立場の人々を犠牲にする構造を端的に示しています。経済格差の拡大や人種差別および自国中心主義が再燃する風潮もまた、共存と共生の存在基盤を脅かしています。カインの問い『わたしは弟の番人でしょうか』は、私たちが他者への無関心を正当化しようとするときに最も頻繁に自らに問いかける言葉かもしれません」
【660円(本体600円+税)】
【オリエンス宗教研究所】
















