【宗教リテラシー向上委員会】 国の中にあるもう一つの国 山森みか 2025年11月11日

2026年1月19日、エルサレムのロメマ地区にある無認可の私的デイケア(保育施設)で、乳幼児多数が体調不良となり、救急搬送された。最終的に生後約4カ月と6カ月の乳児2人が死亡し、50人以上の幼児が病院で治療を受ける事態となった。この施設は、集合住宅内の私的住居の4室をつなげて運営されており、50人以上の乳幼児に対し、保育にあたる職員は3人程度しかいなかった。面積も不十分で、廊下やクローゼットでも子どもたちが寝かされていたという。
ユダヤ教超正統派の住民が多いロメマ地区で起きたこの事故は、イスラエル国内における超正統派共同体の存在を改めて浮かび上がらせた。警察は施設職員を拘束して事情聴取を行い、裁判所は事故原因究明のため、死亡した乳児の解剖を許可した。しかし超正統派共同体は宗教的理由から解剖に強く反対し、大規模なデモを行って警察と衝突した結果、解剖は実施されないこととなった。解剖が行われない中で、事故原因はエアコンの不適切な使用(設定温度が高すぎた)、過密状態、換気不足などだった可能性が高いと推定されている。警察などの当局は施設の運営責任を追及する構えだが、超正統派共同体や保護者の多くは、施設職員の無罪を強く訴えている。
一般的に考えると、劣悪な環境の保育施設で事故が起きた場合、保護者は原因究明や、法に基づく運営責任の追及、再発防止策を求めるだろう。だが、ここでは逆の事態が起きている。なぜなのか。

ユダヤ教の宗教法を厳格に守る超正統派は、イスラエル建国当初は少数派だったが、高い出生率により人口を増やし、現在では全人口の約14%を占める。伝統的に男性は律法学習に専念し、徴兵や世俗的な職業への従事を最小限に抑える生活様式をとってきた。彼らの共同体は独自の教育制度を持ち、国家の法律よりも宗教共同体内部の規範や宗教法を優先する。超正統派共同体には、自分たちの方針で運営している施設に対し、国家が法律を盾に介入することへの強い反発がある。その一方で彼らは、国の福祉制度や補助金を利用して生活している。このため、宗教法を重視せず、徴兵や納税など国法に従う世俗派のユダヤ人との対立が生じており、その緊張は近年、いっそう激化している。
保育施設を適切な環境で運営するには、多くの費用がかかる。認可を受けた保育所に子どもを預ける場合、親の経済的負担は大きい。これに対し、今回事故が起きたような私的な施設は費用が安く抑えられる。超正統派共同体では、男性が世俗の仕事に就かない家庭が多いが、その分、女性が家計を支えるために働く傾向がある。しかも産児制限を行わないため子どもの数が多く、結果として安価な保育施設の需要が高まる。こうした仕組みの中で社会が回っているため、問題は特定の無認可施設にとどまらず、社会構造そのものに関わっている。
国家というものは当然、国法に基づいて運営されている。その国内に、宗教法に基づくもう一つの共同体が存在することは、多様性という肯定的な側面を持つ一方で、さまざまな矛盾や亀裂を生み出す。この保育施設の事故だけでなく、近年イスラエルで大きな争点となっている超正統派への徴兵問題も、その一例である。ここでその是非を論じることが目的ではない。しかし、激変する国際情勢の中で、国法と宗教法という二つの規範が併存する社会について、私たちは今後ますます考えていく必要があるだろう。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。
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