【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 障害のある娘と生きる――教会とお寺に通って 平松由美子 2026年2月11日

私がキリスト教の教えに触れたのは12歳、中学入学の時でした。入学試験を受けて入った神戸の中高一貫教育校がキリスト教の教えに基づく女子教育を行っていました。
学校では週に1度の礼拝や聖書の時間がありました。ですから、本来の宗教の「神を信じる」「信仰心」ということよりもむしろ「人はどうあるべきか」「美しい人に」「平安を祈る」という倫理・道徳的なメッセージを多く受け取りました。自分の人生においても、看護師としての職業倫理においても、キリスト教の教えは私の人生観や死生観の軸になっていったように思います。
そのおかげか、私が重度の知的障害のある娘を授かり24時間片時も目も手も離せない状態で共に暮らすことになった時も、初めから不思議と「不幸」だとは感じませんでした。ごく自然に「恵まれた」と受け入れることができました。
ただ、正直なところさまざまな不安や悩みを抱えましたし、世の中はまだまだ娘やわれわれ家族が生きやすいようにはできていませんでしたので「試練には違いない」と受け止めました。本心からの笑顔で生きていくためにも、娘や私たちの人権を追い求めることだけは諦めないようにしようと心に決めました。
なかなか教会に通うこともままならない中、コロナ禍にオンラインでも礼拝を守ることができるようになると、毎週YouTubeやLINE電話で心のよりどころを見つけてまいりました。教会の皆さまは常に私や娘を温かく迎えてくださり、祈りと励ましを通して支えてくださいました。
一方、私の曽祖父は天台真盛宗の在家の僧侶でした。その血を引く父が大反対したこともあり、私はまだキリスト教の洗礼は受けていません。
そんな私に、一般財団法人「お寺と教会の親なきあと相談室」のアドバイザーとしてご一緒させていただく機会をいただきました。地域看護や地域福祉の現場で働いていたことや、障害者の親であることが何かのお役に立てればと、そして私も共に学ばせていただきたいと喜んでお引き受けしました。

「語らいカフェ」の場となるお寺の本堂。教会と同じく安らかな空間となっている=千葉県船橋市の上行寺船橋別院
活動は主にお寺での「親あるあいだの語らいカフェ」での交流が中心でした。お寺では静かな時間の中で自分自身と向き合い、ご住職や来訪者の皆さまとお話しすることで自身の悩みも整理することができました。
お寺と教会。それぞれの場所での体験は、実は違うようで似ていると感じます。どちらも、魂や安らかな人の心を思い人々の幸せを願うことで、われわれの生活をより豊かなものにしてくれています。娘も私も「ありのままの姿でそこにいてもいい」という安心感に包まれています。
娘は今年28歳になります。娘やきょうだいたちの将来を考えるとき、最も大きな不安は「親なきあと」、私たち親がいなくなった後のいとし子たちの暮らしです。日常の世話は誰がしてくれるの? お金の問題は? 病気になったら? 入院したら? もしもこの子が亡くなったときは?――などなど。
この不安に寄り添い、具体的な相談ができる場として「お寺と教会の親なきあと相談室」があることは、心のよりどころとなっています。専門家や信仰の仲間と悩みを分かち合いながら情報をアップデートして共有できることはとても心強いことです。今後も、地域のすべての人々が安心して集える場が増えるようにと願っています。
教会の皆さまの祈りと支えが、地域に開かれた多くの「お寺と教会の親なきあと相談室」となる未来を願い、すべての皆さまの心の平安を祈ります。
ひらまつ・ゆみこ 一般財団法人お寺と教会の親なきあと相談室アドバイザー。兵庫県加古川市在住。重度障害アンジェルマン症候群の娘の母。看護師・保健師・ケアマネジャー。国立大学非常勤講師。
*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。














