【この世界の片隅から】 キリスト者の居場所――独立記念日の礼拝で 姜 善芽 2026年8月1日

 「神学校で教えてくれなかったこと」という興味深い文章を読んだことがある。もしそこに、海外で牧会する者としての視点を一つ加えるとすれば、それは「独立記念日のような愛国心にあふれる祝日を、牧師としてどのように礼拝の中で扱うべきか」という問いであろう。

 アメリカのメソジスト教会では、毎年7月1日付で牧師の任地異動がある。新しい教会に赴任して最初に直面する課題の一つが、独立記念日の礼拝をどのように行うかである。もちろん教会によって事情は異なる。例えば、講壇をどこまで愛国的に飾るのか、礼拝で愛国的な賛美歌をいくつ歌うのか、独立宣言を朗読するのか、退役軍人や現役の軍関係者を礼拝の中で顕彰するのかなど、教会ごとに異なる答えを模索している。

 私が仕える小さな町でも、このたび迎えたアメリカ独立250周年を盛大に祝い、パレードや花火が行われ、巨大な記念旗も掲げられ、町中が彩られた。そのような祝祭の機会が与えられたことには感謝していると同時に、新たな葛藤にも直面した。教会員から「教会全体をアメリカを象徴する赤・白・青で飾りたい」という申し出があったのである。

 近年のアメリカが抱える問題は、世界の教会にとって決して他人事ではない。独立250周年を祝う一方で、中東情勢が緊迫し、その背景にアメリカを含む大国の政治的・軍事的関与がある現実を前にすると、「アメリカ・ザ・ビューティフル」や「ゴッド・ブレス・アメリカ」を礼拝の中で歌うことには、深い緊張を覚えずにはいられない。それらの歌が、単なる祖国への感謝を超えて、時に国家そのものを神聖視するような響きを帯びる危険があるからである。

 このように、信仰と国家の関係をどのように保つかという問いは、アメリカにおいて長く議論されてきた政教分離の問題とも深く関わっている。政教分離とは、本来、国家が特定の宗教を支持・優遇せず、同時に信教の自由を保障するという原則である。しかし現実には、それが愛国心の問題と混同されることも少なくない。

 愛国心(patriotism)は、本来、自らの祖国や共同体への自然な愛着を意味する。それ自体は決して否定されるものではない。しかし政治と宗教の関係がゆがむ時、アメリカで大きな問題となっている「Christian Nationalism(キリスト教ナショナリズム)」が姿を現す。それは、アメリカという国家を神に特別に選ばれた存在とみなし、国家への忠誠とキリスト教信仰を結びつける思想である。その結果、異なる宗教を持つ人々だけでなく、同じキリスト者であっても、その考えに同調しない者を「本当のアメリカ人ではない」と見なし、排除する危険性をはらんでいる。

 『The Psychology of Christian Nationalism』の著者パメラ・クーパー・ホワイト氏は、約半数のアメリカ人がキリスト教ナショナリズムの主要な考え方を支持、あるいはそれに共感していると指摘している。それほどまでに、この思想は社会に深く浸透しているのである。

 ロバート・ベラーが1967年に論じた「アメリカ市民宗教」は、本来、国民が儀式や象徴を通して緩やかに共有する精神的基盤を指していた。しかし、その儀式や象徴が神への究極的な忠誠に取って代わり、国家への忠誠と同一視され始めるなら、それはもはや信仰ではなく偶像崇拝となる。

 メソジスト教会では、多くの教会が毎月最初の主日に聖餐を祝う。今年の独立記念日の礼拝もそうであった。250周年を祝う旗の赤と、聖餐の食卓に置かれた杯の赤は、同じ色でありながら、指し示すものはまったく異なる。旗が一つの国家の歴史や共同体への愛着を象徴する一方で、聖餐の杯は、国籍や民族を越えて、すべての人がキリストにある一つの共同体へ招かれていることを示す。その食卓は、私たちの第一の帰属が国家ではなく、「聖なる公同の教会」にあることをはっきり示している。

 国旗への敬礼や退役軍人への感謝、礼拝で愛国的な歌を歌うこと自体が悪いのではない。しかし、キリスト者が絶えず目を覚ましていなければ、国家への忠誠がいつの間にか神への忠誠に取って代わってしまう危険がある。

 海外で仕える私が、今「神学校で教えてくれなかったこと」に一つ書き加えるとすれば、それは、キリスト者として最終的にどこに属するのかという問いである。キリスト者として生きるとは、祖国への愛を否定することではない。その愛を神への忠誠と混同することなく、さらに大きな愛へと導かれ、国境も民族も越えたキリストの共同体にこそ、真の居場所を見出して生きることではないだろうか。

 カン・ソナ 東京神学大学神学部卒業、韓国メソジスト神学校と米国の南メソジスト大学にて修士号、米国のガレット神学校にて旧約神学専攻で博士号取得。北イリノイ州の合同メソジスト教会で按手を受け、担任牧師として赴任し現在に至る。 

連載一覧ページへ

連載の最新記事一覧

  • 聖コレクション リアル神ゲーあります。「聖書で、遊ぼう。」聖書コレクション
  • 求人/募集/招聘