『宗教的経験の諸相』(岩波書店、1969年)
哲学者・心理学者として名高い心理学者ウィリアム・ジェームズ(1842~1910)の『宗教的経験の諸相』は、宗教心理学の古典的名著だ。古今東西、枚挙にいとまがない「宗教的経験」とは、人類にとっていかなるものか。膨大な実例を検証しつつ、神と人間をつなぐ「宗教」の本質を問う。
例えば、ジェームズが提示する「一度生まれ/二度生まれの宗教」「健全な心の宗教/病める魂」は、トルストイ、ジョン・バンヤンらを経由しつつ、福音派における「ボーン・アゲイン」経験を想起させ、多様な信仰のあり方を心理学的に明らかにする。事実、本書の指摘はそのまま混迷きわまる21世紀の宗教状況を照らし、理解する補助線となるだろう。
また「回心」における経験と宗 教を分離した理解、「逆回心」とも呼べる信仰の放棄についての指摘には、多くの人々が「信じる」という行為の構造について考えさせられるだろう。
信仰体験の神学的解説に留まることなく、心理学的に解明すると何が見えるのか。安直な還元主義に陥ることなく、真摯に「宗教的経験」を詳らかにしている。翻訳も読みやすい。
なお本書は、1901年のギフォード講義の収録でもある。「最広義の意味における自然神学研究、すなわち神についての知を促進・普及」を目的とした同講義は100年以上の蓄積がある。
歴代講師には、ジェームズのほかに、シュヴァイツァー、ブルトマン、モルトマン、カール・バルト、パウル・ティリッヒ、ハンナ・アーレント、P.リクール、ジョン・ヒック、ヤロスア フ・ペリカン、A.E.マクグラスと錚々たる名前が連なっている。
信仰の多様な側面に気付くためにも、いま改めて読みたい1冊。