【雑誌紹介】 「存在しないもの」の働きを感知する力 『福音と世界』4月号

武道家・哲学者の内田樹は「音楽を聴取できない」とは時間意識を欠いているから、と連載「レヴィナスの時間論」で説明する。
おそらく人類はその黎明期のある時点で、音楽を奏することを覚えたのだと思う。そのためには「もう過ぎ去った音」を手元に引きとどめておき、「まだ到来しない音」を予期する能力が必要になる。だとすれば、それは、人類が「存在するとは別の仕方でわれわれに切迫してくるもの」、すなわち「死者」という概念を手に入れて葬送儀礼を開始したのと、「超越者」という概念を手に入れて神に祈ることを始めたのと、時期を同じくするはずである。
音楽を聴くこと、死者を弔うこと、鬼神に事(つか)えること、これらの営みはいずれも「存在しないもの」の働きを感知する能力抜きには存立し得ない。だから、霊長類のうちでは人間の他に、いまのところ、音楽を聴き、演奏するものはいない。それは、猿たちの中に、死者を弔うものも、鬼神に事えるものもいないのと同じ理由による。
【本体588円+税】
【新教出版社】