【書評】 『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』 松本佐保

 昨年末のアメリカ大統領選の結果を受けて、連邦議会議事堂が占拠されるという衝撃的な事件で幕を開けた2021年。世界情勢が混迷を極めるなか、「宗教」は存在感を増している。アメリカ政治に関するニュースでも「キリスト教右派」「福音派」「シオニズム」「宗教票」などの用語が飛び交うが、その背景を説明するものは少ない。

 本書は、アメリカで多数を占めるキリスト教に限らず「宗教」全体の動向を踏まえ、「トランプは何に負け、バイデンは何に勝利したのか」を考察。第一章ではトランプ再選の鍵を握った「福音派」の歴史と現状、第二章ではアメリカで高まる宗教ナショナリズムのうねり、第三章ではいつから宗教票が重視されるようになったのかをカーター大統領時代から振り返る。

 後半では、トランプ政権を支えた「宗教三巨頭」や移民政策とイスラム教、キリスト教シオニズムの拡大など、現在のアメリカ政治を動かしている要素を解説し、アメリカ各地に建てられているメガ・チャーチがいかにして誕生したかにも触れられている。

 アメリカで1730年代から「第四次」にわたり展開されたキリスト教「大覚醒」。このプロセスで、「福音派」やキリスト教保守主義の教会が教勢を伸ばし、中絶や同性愛を世俗主義と見なして対決姿勢を取る傾向を強めた。第四次「大覚醒」は外交にも影響を及ぼし、ユダヤ人国家イスラエルを支援すべきだという考えが高まった。

 パレスチナ自治政府を孤立化させ、イスラエルを支援することを政治目標に掲げる「アメリカ・イスラエル公共問題委員会」(AIPAC)は、10万人の会員を擁し、トランプやペンスはもちろん、バイデンも参加している。共和党だろうと民主党だろうと対中東政策が大差ないのはそのためである。

 コロナ禍では、熱狂的な「福音派」集会やメガ・チャーチでの礼拝が困難なものとなった。集会を強行した「福音派」集会では集団クラスターが発生し、カリスマ牧師が死に至るケースも報じられた。死者が出たことで、熱狂的にトランプを支持していた「福音派」のなかには、コロナ感染を軽視し続けたトランプに幻滅した者もいただろう。

 一方バイデンは、教皇フランシスコの判断によりコロナ初期からオンライン礼拝が採用されたカトリック教会と類似したアプローチを取り、選挙戦中もオンラインや野外、駐車場で車に乗ったままでの集会など感染防止に配慮したキャンペーンを行った。

 コロナ禍において如実に露わになった両者の違いだが、背景には「宗教と科学」の対立がある。トランプ支持のキリスト教福音派は科学と対立傾向にあり、進化論を信じず、ワクチン接種にも懐疑的である。感染症に対して医学的、公衆衛生的なアドバイスを無視するキリスト教福音派の牧師や信者が後を絶たない。

 世界に多大な影響を与えるアメリカの歴史を、宗教ナショナリズムという観点から読み解くことで、個別のニュースからはうかがい知れなかった深層が見えてくる。

【902円(本体820円+税)】
【筑摩書房】978-4480073785

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