【書評】 『イエスは戦争について何を教えたか』 ロナルド・J・サイダー 著、後藤敏夫 解説、御立英史 訳
「殺人鬼がだれかを殺そうとしているのを、あなたが目撃したとしよう。物陰に身を隠して殺人が終わるまで手出しをせずにいなさい、とイエスが言っているなどと考える人がいるだろうか」(C・S・ルイス)
正戦論(just war theory)をめぐっては数多くの議論がなされてきた。残虐行為や破壊が行われている時、それをやめさせるのに武力を用いないのは非現実的であり、根本的に不道徳でもある。なぜなら隣人を愛すると言いながら、隣人を危害から守るという責任を放棄しているともとれるからだ。
しかし一方でイエスは、「敵を愛し、殺してはならない」と教えた。その教えを徹底的に守る平和主義者を愚かだとは決して言えない。歴史がそれを証明している。過去100年、不正や圧政、残忍な独裁に対する非暴力の抵抗は、何度もめざましい成功を収めている。ガンジーの非暴力主義は大英帝国を屈服させ、キング牧師の市民権運動はアメリカの歴史を変えた。ポーランドでは「連帯」の非暴力の抵抗が共産主義独裁を打倒し、フィリピンでは100万人の非暴力デモが独裁者マルコス大統領に勝利した。
本書では、独裁や残忍行為に直面した時、殺すか黙認するか、その二つの選択肢しかないのではなく、常に「第三の選択肢」があると提示する。著者は、代表作『聖書の経済学』(「20世紀で最も影響力のあったキリスト教書100選」に選定)で知られるロナルド・J・サイダー。イェール大学で修士号(神学)と博士号(歴史学)を取得した神学者で、神学校で40年以上にわたり神学、ホリスティックミニストリー、公共政策を講じた。
大きく前半では、イエスが戦争や暴力をどう考えていたかを、その言葉と行動から読み解く。またその解読を正しく行うために歴史的背景を詳しく振り返り、イエスの伝えた福音の意味するところを掘り下げる。聖書には平和主義者を戸惑わせる記述が少なからずあり、暴力肯定とも取れるイエスの言動や、「上に立つ権威に従う」という意味を問わざるを得ない。
後半では、ジェノサイドを命じる旧約聖書の神の問題が論じられる。国の安全保障と犯罪抑止という極めて現実的な議論も。最終章では、クリスチャンが行ってきた戦争の歴史とそれを防ぐためにクリスチャンが行った努力を紹介する。核の時代には、それ以前の時代に正戦論の規準とされたもの(民間人を殺傷しないことなど)は当てはまらない。平和主義者も正戦論者も、平和を願う気持ちで一致して、相違を乗り越えて協力することが求められる。
日本の教会では、戦争のみならず、政治を語ることがはばかられる空気があるが、政治は生きていく上で何を大切に扱うかという問題に関わる。教会がそこから距離を置くのでなく、平和を希求する者としてふさわしい向き合い方を見つけることが必要であろう。
翻訳書独特の生硬さを感じずに読み進められるのは、訳者の思考の練度が深いからだろうか。訳者は本書を、サイダーのもう一冊の代表作と位置づける。その評価に同意したい。
【2,860円(本体2,600円+税)】
【あおぞら書房】978-4909040046