【既刊再読 改めて読みたいこの1冊】 『いま宗教に向きあう』全4巻 堀江宗正、池澤 優、藤原聖子、西村明 編

 いま宗教はどこに向かっているのか――。21世紀に入って著名な社会学者・歴史学者などが宗教に関する書を出版し議論を喚起してきたが、それらには宗教学の専門家の研究があまり参照されておらず、基礎的語彙や認識にも混乱が見られた。本シリーズ全4巻は、堀江宗正氏、池澤優氏、藤原聖子氏、西村明氏(いずれも東京大学の宗教学者)が編集委員となり、各氏が1巻ずつ責任編集。2000年代以降の事象や諸分野での議論を踏まえつつ、宗教学の蓄積を改めてまとめてヴァージョンアップするよう各巻十数名の研究者が分担執筆している。

 一般には「宗教」と見なされていない宗教現象まで含め広く考察し、要所要所に責任編集者によるコラム「争点」を設けて議論の見取り図を提示することで、「とっつきやすさ」や「わかりやすさ」を生んでいる。

 藤原氏が責任編集する第3巻は「世俗化後のグローバル宗教事情」との副題で、近現代の流れを振り返った上で、現在起こっている伝統宗教への回帰、新宗教、スピリチュアリティ、無宗教などの諸断面にスポットを当てる。

 「二〇世紀中ごろまでは、宗教は近代化とともに衰退すると予想されていた。だが世紀後半には、一方では先進国の対抗文化運動期に、新宗教運動やニューエイジ運動と呼ばれる新たな種類の宗教が台頭し、他方ではイラン・イスラーム革命やアメリカのプロテスタント福音派に代表される、原理主義や復興運動と呼ばれる伝統宗教への回帰現象が起こった。冷戦終結後は、旧共産圏でもこれらの二種の宗教運動が見られるようになった。科学が発達すれば宗教は消滅するという単純な考え方はもはや全く通用しなくなっている」(「序論」)

 本論では「イスラームはテロを生む宗教なのか?」「現代イスラエルにおけるユダヤ教の諸相」「気功にみる中国宗教の復興と変容」「ゲルマン的ネオ・ペイガン」「フィクション宗教」「グローバル化とダイバーシティ」など、惹きつけられるトピックスが宗教学の裏づけを持って展開され、宗教と社会に関する情報が縦横に押し広げられる。

 宗教に関する情報は大事件を契機に巻き起こる新聞報道などで知ることが多いが、本シリーズでは、そういったマスコミ、ジャーナリストによる論評と一線を画し、各事例を大きな歴史的・社会的文脈の中に位置づけて論述する。その時々の政治情勢・世論などに左右されることなく、一般性のある理論で捉えることで、提示されるパースペクティブは耐久性のあるものとなる。

 シリーズ全体で執筆者は52人に及ぶが、責任編集者による「序論」と「争点」で内容が整理され、この手の論集によくある「群盲象をなでる」がごとき様相は見られない。全4巻の担当範囲と相互の関係も明確で、一貫した編集方針に基づく綿密な打ち合わせがあったことをうかがわせる。すでに単著を世に問い評価されている若手研究者を多く起用している面でも、宗教学の「いま」を表しているといえよう。

 前世紀中ごろまでの見通しに反して、ある意味では予想と真逆の現象さえ起きている現代、本シリーズを手がかりに、この「流れの先」に何があるのか考えをめぐらせてみたい。

【2,530円(本体2,300円+税)】
【岩波書店】978-4000265072

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