【書評】 『キリシタン世紀の日本』 C・R・ボクサー 著、高瀬弘一郎 訳
キリシタン時代の日本を広い視野から俯瞰し通史的に著述したチャールズ・ラルフ・ボクサーの『キリシタン世紀の日本』の日本語版が初公刊された。日本にも滞在したロンドン大学教授ボクサー(1904~2000年)は、大航海時代の研究で欧米の歴史学界では知らぬ者がいない。近年、海外のキリシタン研究者も増えているが、そのほとんどがボクサーの著作でキリシタンについて知ったと話す。しかし日本では翻訳・出版されていなかったため、認知度が高くなかった。
翻訳にあたったのは慶応義塾大学名誉教授の高瀬弘一郎氏。2018年、キリスト教史学会のリレーエッセイで、同氏が本書の翻訳を「研究者としての最後の仕事」と記した際には、「南欧各地の文書館で原史料を渉猟・精査してきた氏が最後に手掛けるのが、なぜ近代の英語の本なのか?」と不思議がる声も上がったが、彼は学生時代にボクサーの著作から学び、来日時には講演を聴きにいったことがあるのだという。また、長くキリシタン研究界をけん引してきた岸野久氏からも本書の翻訳を勧められ、励まされたと「訳者解説」で述べている。
ボクサーによる初版が刊行されてから70年。その後の新しい知見は盛り込まれていないが、高い教養と学識をもって大航海時代の世界情勢の中に日本のキリシタンを位置づけ、時代背景と共に著述したという点で有意義な史観を提供する。キリシタン史は、決して殉教から信仰の復活に至る道程だけではない。ボクサーは膨大な書籍・手稿を蒐集し、自家薬籠中の物とすることで、キリシタンが生きた時代と世界を解明した。
翻訳に加え、高瀬氏による詳細な訳註が付されていることも大きな特徴。例えば、穴吊りに関してボクサーはこのように書いている。
この悪魔の如き発明をした者については、竹中采女とも、(後の)宗門改役井上とも言われているが、一六三二年以降それが大部分火刑に取って代わった。姉崎教授は、この方法は穴に身体をまっすぐな姿勢で埋めることにあり、そのため頭だけ突き出たのだと述べている。この点で彼は完全に間違っている。同時代のポルトガル人やオランダ人の目撃者の記録から、この方法は日本語の名称が暗示しているように、穴の中に身体を吊すことを意味したことは極めて明白である。犠牲者は身体を胸のあたりできつく縛られ(片方の手は棄教の合図をするために、自由にされていた)、通常排泄物やその他の汚物が入れてある穴の中に、絞首台から頭を下に吊るされ、その穴の表面は彼の膝と同じ高さであった。血を若干たらすために、額に小刀で軽い傷がつけられた。
これに対して高瀬氏は訳註でボクサーの記述を裏づける文献を明確に示し、第三者による検証を可能にする。
キリシタン殉教者の総数も同様で、新井白石の時代から、「殉教者数」に関するさまざまな説があるが、史料に基づき、現在、学術的に受け入れられる総数が訳註で解説されている。ボクサーが引用した原史料との差異(誤記やボクサーの誤解を含む)を適示し、原史料が日本のものである場合は、英語からの重訳とせず、元の史料の原文を載せるなど、訳者による高度で精密な作業が本書の価値をさらに高めている。「氏が最後に手掛けるのが、なぜ近代の英語の本なのか?」という疑問は、氏が手掛けなければこの水準の翻訳書は完成しなかったという結論に行き着く。
高瀬氏は若いころ、南欧の文書館閲覧室に通ってカードを採りながらイエズス会文書を読んだと回想する。いまは当時に比べてはるかに易しく第一級の根本史料が閲読可能であるにもかかわらず、あまり活用されることなく放置されていると惜しむ。本書に込められた後進へのエールを受け止めながら、グローバルヒストリーの中で光を放つキリシタンの姿をとらえ返したい。
【16,500円(本体15,000円+税)】
【八木書店出版部】978-4840622387