【書評】 コミック『戦争は女の顔をしていない』全3巻 小梅けいと 作、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 原作、速水螺旋人 監修

 2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの女性ジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチのデビュー作。第二次世界大戦の独ソ戦に従軍した500人を超える女性たち一人ひとりの声に耳を傾け、個人の記憶の中に埋もれていた証言を掘り起こしたノンフィクションで、11年にリシャルト・カプシチンスキ賞を受賞。日本語訳は以前から岩波現代文庫などで読むことができたが、小梅けいと氏(作画)・速水螺旋人氏(監修)のコミック版(全三巻)がKADOKAWAから出版された。

 1978年、最初のインタビューに向かった家を思い出しながら、著者アレクシエーヴィチはこう独白する。

「私の探索はこの家からそれは七年間続くことになるのだが
 驚きと苦悩に満ちた七年間だった
 私はあらためて戦争というものを知り
 そしてそれは私たちが知らなかったことばかりだった
 これは長い旅路になる……

 声だけが私の頭の中で響いている巨大な合唱
 何かを理解できるのではと覗き込んでしまったら
 それは底なしの淵だったのだ
 多少の知識は得たものの
 疑問の方はもっと多くなったり
 答えはさらに足りなくなった」

 独ソ戦は、日本人にはあまりなじみがないが、第二次世界大戦のうちドイツとソビエト連邦の間で行われた戦争(1941年6月~45年5月)で、ロシアでは「大祖国戦争」とよぶ。本書はソ連側からこの戦争を描いている。この戦いを制したのはソ連だったが、人口1億9千万人のうち軍人・民間人あわせて2700万人を失うという、あまりにも大きな犠牲を払った。

アンナ・イワーノヴナ・ペリャイ(看護婦)

「爆撃……あとからあとから爆弾が飛んでくる
 あとからあとから…みんな一斉に駆け出しました…
 私も走りました
 誰かのうめき声が聞こえます それでも走った
 それから数分してふと気がつきました
 衛生袋を肩から下げていることに
 そのことが…恥ずかしくなりました
 恐怖はきえて 私は駆け戻りました
 負傷した兵士がうめいています
 駆け寄って包帯をしてやりました
 それから次の人も そのまた次も
 戦闘は夜中に終わりました
 朝になって雪が降りました
 無くなった人たちの身体が雪に覆われました
 その多くが手を上に上げていました
 …空の方に…
 『幸せって何か』と訊かれるんですか?
 私はこう答えるの
 殺された人ばっかりが横たわっている中に
 生きている人が見つかること……」

エフローシニヤ・グリゴリエヴナ・プレウス大尉(軍医)

「私は夫と一緒に出征していたんです……
 東プロイセンを進軍している時のこと
 みな勝利を口にしていました
 その時にあの人が死んだんです
 一瞬のことでした 破片が当たったのです
 一秒で死に至ったんです
 私は知らせを聞いて駆けつけました
 彼がどこか知らないところに葬られないように望みました
 戦争のときはその場ですぐ埋葬するんです
 短時間の戦闘で昼間のうちに亡くなったら
 すぐに人を集めて大きな穴を掘ります
 そこに埋葬するんです
 乾いた砂だけで埋葬ということもあります
 その砂を長いことじっと見ていると
 それが動いているように見えるんです
 砂が揺れ動いて震えているように
 だってそこには つい今しがたまで生きていた人たちが入っているんですから
 その人たちが見えるんです」

 男女同権を謳う社会主義国家であるため、男性のみならず、女性たちも戦いの前線に出た。

アントニーナ・グリゴリエヴナ・ボンダレワ中尉(一等飛行士)

「もちろん私は共産青年同盟(コムソモール)だから先頭に立って飛行クラブに入りました……
 一九四一年の年末 夫の戦死公報が来ました
 『モスクワ郊外で戦死』彼は飛行士で責任者でした
 私は娘を身内に預けて前線に出たいと申し出ました
 最後の晩… 一晩中子供のベッドの傍らに跪いていました…」

 一瞬の判断が生死を分ける戦場で、女性の身体性を生きることは過酷なことだった。

クララ・セミョーノヴナ・チーホノヴィチ軍曹(高射砲兵)

「国を愛するように 国を誇りに思うようにと
 そう教え込まれていたんです
 戦争が始まったからには 私たちも何か役立つべきだった……
 初めのうちはとても男と同じになりたかった……
 長い行軍だと柔らかい草を探して脚を……
 わかるでしょ? 拭きとるんです
 私たちは女のあれがあるから
 軍隊はそんなこと考えてくれないし
 それで脚が緑色になった」

マリア・セミョーノヴナ・カリベルダ軍曹(通信兵)

「『やっぱり女は』と言われたくなかった
 男たちよりもっと頑張った
 男に劣らないことを証明しなければならなかった……
 考えはそうでも女の身体が
 これは生物としての女ですから
 夏の暑さ
 私たち女性は二百人ぐらい その後ろを男たちが二百人ぐらい
 毎日三十キロ進む
 私たちが通った後には赤いしみが砂に残った
 女性のあれです 隠しようもありません
 兵士たちは後ろを歩きながら気づかないふりをする
 足下を見ないように……
 私たちが穿いているズボンは乾ききってガラスのようになる
 それで切れるんです
 そこが擦れて傷になる いつも血の匂いがしてました……
 渡河点に着いたとき爆撃が始まった
 すさまじい爆撃で男たちは必死で物陰に隠れようとした
 私たちにも逃げろと叫んでいる
 でも私たちは爆撃の音なんかかまわず一刻も早く河に着きたい
 水に入ってすっかり洗い落とすまで水につかっていた
 破片が飛び散る下で…
 恥ずかしいって気持ちは死ぬことより強かった
 数人の女の子たちはそのまま水の中で死んでしまった」

 文庫版のなかで著者は執筆意図をこのように述べている。

 「戦争はもう何千とあった、小さなもの、大きなもの、有名無名のもの。それについて書いたものはさらに多い。しかし、書いていたのは男たちだ。わたしたちが戦争について知っていることは全て『男の言葉』で語られていた。わたしたちは『男の』戦争観、男の感覚にとらわれている。男の言葉の。女たちは黙っている。わたしをのぞいてだれもおばあちゃんやおかあさんたちにあれこれ問いただした者はいなかった。戦地に行っていた者たちさえ黙っている。もし語り始めても、自分が経験した戦争ではなく、他人が体験した戦争だ。男の規範に合わせて語る。……

 女たちが語ってくれたことにはとてつもない秘密が牙をむいていた。わたしたちが本で読んだり、話で聴いて慣れていること、英雄的に他の者たちを殺して勝利した、あるいは負けたということはほとんどない。女たちが話すことは別のことだった。『女たちの』戦争にはそれなりの色、臭いがあり、光があり、気持ちが入っていた。そこには英雄もなく信じがたいような手柄もない、人間を越えてしまうようなスケールの事に関わっている人々がいるだけ。……

 地上に生きているものすべてが、言葉もなく苦しんでいる、だからなお恐ろしい……

 その戦争の物語を書きたい。女たちのものがたりを」

 ロシアのウクライナ侵攻で世界はまた「戦争の時代」に突入したが、その様子を安全圏に身を置いて、ともすると戦争映画のように眺めていることがあるかもしれない。女性たちの、聞かれなければ語らなかったであろう一つひとつの言葉は、身体的感覚まで伴って戦争の実相を伝えてくれる。証言者たちの生の声から、その奥に響く犠牲者たちの声から、戦争の記憶を自分のものとして追体験したい。

【1,100円(本体1,000円+税)】
【KADOKAWA】978-4049129823

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