【書評】 『スピリチュアルケア 入門篇』 中井珠惠

 スピリチュアルケア、あるいは牧会ケアと呼ばれる行為が医療・福祉・教育・宗教・産業などさまざまな場で行われているが、明確に定義することは難しい。著者はホスピスや緩和ケア、在宅ケアの場で働くチャプレン兼カウンセラー。本書を通して、スピリチュアルケア、牧会ケアではどういったことを行うのか解説する。

 第1章は「牧会ケアの歴史」。牧会ケアとはキリスト教で行われてきたケアのこと。6世紀に生きたグレゴリオ大主教は牧会者たちに向けて『牧会規定書』を著し、「人の心の傷は、内臓の傷よりも隠れているため、霊的な教えをわきまえていない人が、決してたましいを導いてはならない」など、牧会者の心構えを示した。このような牧会的配慮と心構えが現在の牧会ケアにも通じるものであることから、グレゴリオ大主教を牧会ケアの祖の一人とする見方もある。

 現在では、特定の宗教によらない多民族・多宗教社会に対応したケアが行われている。ケアを行うチャプレンは、患者や家族にどんな宗教的背景があっても、呼ばれて行った限りはその人のチャプレンとして責任を持つ。

 「例えばカトリックの患者さんが臨終の場合は、同僚の神父にお願いをします。カトリック信者にとって神父への信頼の大きさは計り知れません。その神父から塗油をしてもらうほうが慰められます。また天理教の患者さんが亡くなられて呼ばれたときは、各宗教の連絡リストが用意されていますので、あらかじめ連携をとっている天理教会にお願いして来てもらうこともありました。あらゆる人が必要な宗教的ケアを受けるためには、超宗教的な連携を整える必要があると思いました。また十分に連携をはかるためには他の宗教についての最低限の知識も必要だと思いました」(第1章「牧会ケアの歴史」)

 第2章、第3章はスピリチュアルケアの理論を紹介。スピリチュアルケアの担い手を養成する上智大学グリーフケア研究所のケア理論を詳しく取り上げる。第4章では、日本で行われている宗教的ケア、スピリチュアルケアについて考える。

 日本では、1970年代にホスピス運動が始まり、90年代に入るとホスピスケアが緩和ケアとして全国へと広がった。緩和ケアは、がんの身体症状だけではなく、全人的な痛み――スピリチュアルな痛みを和らげることを目指して行われてきた。多くの日本人は特定の宗教を信仰しているわけではないので、スピリチュアリティは宗教のあるなしにかかわらず誰もが備えているものと理解される。そのため日本のスピリチュアルケアは、特定の宗教によらずに行われるものとなり、宗教者の専売特許ではなく、あらゆる職種が必要に応じて行うものとなった。著者は自身の経験をふまえてこう語る。

 「宗教者が、一人の人間として苦しみ、その中で出会った、自分を支え生かしてくれるもの。その存在を私は、教会の中では『神様』と呼び、臨床現場の中では、あえて言葉にすることはなく、患者さんが『神も仏もない』とおっしゃれば『ほんまにどこにいるんでしょうね』と答えます。どれにも嘘はないのですが、私の場合、相手次第でいかようにも変幻自在なので、『ケアされる人が宗教者の信じる世界に入る』という宗教的ケアよりは『ケアする者が、ケアされる人の世界に入る』スピリチュアルケアに近く、ケアされる人の世界とケアする者の世界をすり合わせているような感覚です。相手がクリスチャンであってもすり合わせている感覚は同じです」(第4章「宗教的(牧会)ケアとスピリチュアルケア」)

 最終章の第5章では、著者が経験した家族(夫の母)の事例を語ることで、ケアを受ける側からケアの実際を振り返る。

 「母は病気の分かる直前まで元気に生活をしていましたので、数週間で無動性無言に変化した姿を見るのは、本当につらかったと思います。それにもかかわらず、夫はよく病院に通い続けることができました。そんな夫を支えたのは、母の死生観、つまり天国への信仰でした。『死んだら天国に行ってそこでお父さんに会える』という母の信仰は、外から見た姿は変わってしまっても、内なるたましいは母のままだということを夫に信じさせてくれたのだと思います。〔…〕

 しかし夫が、少しずつ思いを醸成させていけたのは、あまりにも速い展開に気持ちがついて行かず未整理だった思いを保健師さんが丁寧に聴いてくれ、アドバイスをくれたおかげでした。そして夫が、母の耳は聞こえている、内なるたましいは変わらないと思えたのは、看護師さんたちが母を大切にしてくださったおかげだったと思います。〔…〕こうやって無動性無言の母の尊厳を守ってくださったおかげで、夫は母への思いを保ち続けることができたのだと思います。

 保健師さん、看護師さんからケアしていただいたことを振り返ると、スピリチュアルケアというものは、決して特別なものではないのだと思います。その人の思い、もっと言うと、その人のいのちを大切に思うことで、その人が『それでもなお生きている、生きていいんだ』と思えるとき、それがその人のたましいに寄り添い支えるスピリチュアルケアとなるのだと思います」(第5章「ケアを受ける立場から」)

 日々心に降り積もるスピリチュアルな痛みと、誰もがいつか迎えるものであるのに意識から遠ざけてしまいがちな「死」。それらに目を向けケアすることは、真に大切なものに気づくきっかけにもなるだろう。

【1,760円(本体1,600円+税)】
【ヨベル】978-4909871756

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