羊皮紙は紀元前２世紀にペルガモン（現在のトルコ・ベルガマ）で生まれたと、１世紀に生きた哲学者・政治学者の大プリニウスはいう。プリニウスによると、当初はパピルスが使えなくなったときの代用品に過ぎなかったが、改善が進み、パピルスよりも丈夫であることから、やがて地中海世界で広く使われるようになった。

　聖書やコーラン、中世の書物はみな羊皮紙に書かれている。本書では、羊皮紙の歴史と展開、用例にとどまらず、大人も子供も楽しめるワークショップなど羊皮紙にまつわる多彩な話題を紹介。広くて深い羊皮紙の世界にやさしく楽しく触れさせてくれる。

「牧場生まれの紙――羊皮紙

　人間は古くから本を作ってきました。その本は植物繊維から作る『紙』でなく、元々生きていた動物の『皮膚』を原料として作られたもの。そう、聖書もコーランも、中世の祈りの本も、み～んな牧場生まれ！

　『え、聖書を作るために、ひつじを何百頭も殺しているの？』と思われるかもしれません。そう思うのも無理はありませんが、羊皮紙を作るだけのために動物を屠畜することはほぼないと言えるでしょう（長い歴史で絶対なかったとは言い切れませんが)。そんなことをしたら、そもそも牧場経営が成り立ちません。

　メインは『肉』です。牧場で育てられた動物は屠畜場で 解体され、肉と皮に分離されます。お肉は中世ヨーロッパであれば裕福な人の食卓に並び、現代であればレストランに卸されます。では皮は？ 普通、皮は食べませんよね？　でも、そのまま捨てるというのももったいない。用途の一つがレザー、もう一つの用途が羊皮紙です」

　「羊皮紙」というものの、使われる皮は羊とは限らない。羊のほかに、仔牛の皮（ヴェラム）、山羊の皮が「羊皮紙」となる。中でもヴェラムは高級な羊皮紙とみなされている。

　コラム「作ってみよう！　おうちでヴェラム（牛皮紙）」では、ペットショップの材料と１００円均一ショップに売られている材料で「羊皮紙」を作る方法を解説。犬がかむ骨のような形をした「犬ガム」は、牛の皮から作られているので、それを使用して高級ヴェラムを自宅で手作りすることができる。完成品はかなり分厚くなってしまうが、文字や絵を描けば中世の写本製作者の気分が味わえそうだ。

　９～１０世紀、神聖ローマ帝国では豪華な写本が数多く作られ、手間暇かけて作られた一点ものの羊皮紙写本は宝物として扱われていた。当時、書物は権力と富、そして「文字が読める」知性を示すツールでもあった。中世末期の１５世紀にはベルベット生地などで覆った時祷書を、高貴な女性がファッションとして持つことも流行した。しかし、書物が一部の富裕層のアイテムであった時代は、紙の普及とともに衰退する。さらに活版印刷の登場で羊皮紙の「伝達する」ための役割は終わりを告げた。活版印刷と羊皮紙は材質的に相性が悪く、羊皮紙は大量印刷には向かなかったからだ。

　ところが、羊皮紙は「本物であることを示す」ものとして、その後も証書類に使用された。教皇庁が発する羊皮紙文書は装飾が施され、最後に蝋で印章が押された。真正性を示す証書には欠かせない役割を果たすようになったのだ。

　「法律は羊皮紙に印刷して保管すること」と、１８４９年に法律で制定されたイギリスでは、１９９９年まで羊皮紙の巻物に手書きで法律を書いて保管していた。羊皮紙は素材上、「印刷」に向かないため、「印刷」は諦めたものの、「羊皮紙」の方は妥協しなかった。しかしコストがかかりすぎるため、イギリス議会で議論が始まり、２０１６年にこの規定は正式に廃止された。だが、記念碑的な意味があるとして、１７年、紙に印刷した法律の表紙だけは羊皮紙にすることが決まった。アメリカでは今も羊皮紙の卒業証書を発行している大学がある。紙と羊皮紙のどちらかを選べる場合もある。紙の卒業証書が１５ドルに対して、羊皮紙のものは１３５ドルと高額ではあるが、ある年の卒業生の約３割が羊皮紙を選んだという。

　羊皮紙が実用品として使われた時代はとうに終わり、今後も紙が主流であることは疑いない。しかしだからこそ、羊皮紙のもつ特別な意味合いが注目される場面がある。例えばユダヤ教では、トーラーや護符は「羊皮紙に書くこと」が定められているため、現在でもユダヤ教の規定にそって作るための羊皮紙工場があるなど、マテリアルに込められた宗教性を考察する上でも興味が尽きない。本書には「おまけ」として本物の羊皮紙（山羊皮）がついてくる。厚さやテクスチャー、裏表の差、書き味などを実物で確かめながら、古代から現代まで続くロマンあふれる羊皮紙の世界を味わいたい。