【書評】 『少年は夢を追いかける』 アンドレア・ヒラタ 著/福武慎太郎、久保 瑠美子 訳

 インドネシア文学を代表する現代作家、アンドレア・ヒラタの2作目。労働者階級の貧しい環境に育った2人の少年が夢を追いかける日々を描く。

 中学すら行かずに働くことが当たり前の町、経済力がなければ越えられない大学進学への壁。インドネシアにおける教育と貧困の背景を残酷なまでに描き出しながら、夢をあきらめず、人を愛し、力強く生き抜いていく2人の姿が、読者に感動と勇気を与える。

 数学の天才でありながら、型破りな性格のアライ、そしてそのアライを心から尊敬するイカル。イカルの一人称によって語られる2人の物語に引き込まれる。彼らは性格も考え方も違うが、お互いを大切にし合い、共に苦しみを共有し、どんな逆境でも夢への希望を諦めない。

 「でも、そんなことで弱音を吐くわけにはいかない。ぼくたちは、何があっても、学びつづけ、努力しつづけ、挑戦しつづけるのだ。帆をはり、2人の離島の少年が、殻をやぶって飛びだしてきたのだ。世界への挑戦は、あまりにも美しく、見過ごすことはできない」

 垣間見えるのは、過剰なまでの競争教育システム、そして、勉強の才能があっても、貧困のために少年時代から働かなければならない社会の歪み、搾取構造である。著者が「書きたいことを書くのではなく、インドネシアの教育の正義のために、書かなければならないことを書いています」(あとがき)とあるとおり、明確な問題提起が含まれる。

 とはいえ本書の魅力は、勝ち抜くために必死に勉強し続け、不正義に翻弄されながらも、必死に夢を追い続ける2人の純粋さだ。彼らを突き動かすのは、家族であり、大切な人が幸せになってほしいという愛である。不平等な社会の困難と苦しみに不条理にさらされながらも、決して自分の幸せのみを追い求めることのない、彼らの姿には心動かされる。

 「いつの日かおまえもわかる時がくる。もっとも幸せな人間は、他人のために犠牲を払うことで幸せを感じることのできる人間だ」

 イカルとアライはもとより、家族や友人たちの世界観や道徳・倫理観を形作っているのは宗教だ。インドネシアで8割以上の人々が信仰するイスラム教は、当たり前のように彼らの生活、会話に、人生観として根づいている。不条理や困難、試練にぶつかった時、彼らの側に変わらずあるのは変わらない信仰と、モスクでの礼拝である。

 彼らは信仰と共に生きる。日本では何かを信仰すること、クリスチャンとして教会に行くこと、礼拝する行為などが、何か特別なものであるかのように思えてしまうが、世界に目を向ければ、信仰を持って生きることはごく自然な営みである。

 宗教に生きる人々の姿を知るための小説としてもお勧めしたい1冊。

【1,870円(本体1,700円+税)】
【上智大学出版会】978-4324112670

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