【書評】 『日本をダメにした新B層の研究』 適菜 収

 2012年に出版され議論を巻き起こした『日本をダメにしたB層の研究』から約10年、この間に起こった出来事を加えて、「新B層の研究」が戻ってきた。

 B層とは、著者の造語ではなく、2005年9月のいわゆる郵政選挙の際、自民党政権の内閣府が広告会社「スリード」に作成させた企画書にあった概念。この企画書では、国民をA層、B層、C層、D層に分類し、B層を「構造改革に肯定的でかつIQが低い層」「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラククーを支持する層」と規定した。

 そして、A層(財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア)がB層を動かすことで構造改革を進めていくという方針を提案したのだった。この企画は実行され、自民党は郵政選挙で圧勝した。「こうしたプロパガンダとマーケティングにより、政治が動くようになり、日本は三流国家に転落した」と著者は主張する。「保守」に対する厳しい言葉が並ぶが、「保守」という表現も間違って使われているのだという。

 「保守とは近代的思考を疑い、距離を置く姿勢のことです。

 わが国で『保守』を自称している人たちの九割以上は保守思想の『ホ』の字も理解していないので、政治や歴史の解釈もデタラメなものになります」(第二章)

 著者によれば、社会の至るところにB層化は及んでいる。例えば電車に乗ると目に入ってくる書籍広告。「99%の人が知らない」「誰も知らない」真実やコツ、歴史の秘密を知ることができると宣伝しているが、「誰も知らないのに、なぜ著者は知っているのでしょうか。門外不出の秘伝のスープがスーパーマーケットで売っていたり、闇の組織がひた隠しにする欧州の極秘会議で決定された機密情報が街場の書店の陰謀論コーナーに並んでいたりします。こうしたことに疑問を感じないのがB層です」と指摘する。

 また、選挙となると湧いてくるのがB層だという。著者が投票日に「自民党って元法相が買収をやっていた組織で、それに関して、実刑確定しているんですよ。選挙に行きましょう」とツイートしたところ、「今日は投票日当日だあ」「公職選挙法述反だあ」と、B層が絡んできた。

 「おそらく『公職選挙法違反だ』と騒げば、批判を止められるとどこかで聞きかじったのでしょう。『Dappi』アカウントの件でも明らかになったように、バカを誘導するために組織的にデマ、およびデマのテンプレートを拡散させる勢力は存在します。

 もちろん、投票日当日の政党批判はなんの問題もありません。

 いわゆる落選運動もOKです(第五章)

  保守派の論客としては百田尚樹氏が名高く、著書『日本国紀』が物議をかもしたことは記憶に新しい。

 「単行本が出たときはかなり話題になりました。皇室の『男系』の説明もデタラメだし、内 容も支離滅裂。織田信長は『一向一揆鎮圧の際も女性や子供を含む二万人を皆殺しにしている。これは日本の歴史上かつてない大虐殺である』と述べる一方で、『日本の歴史には、大 虐殺もなければ宗教による悲惨な争いもない』。矛盾をツイッターで指摘されると、百田は『そういう文学的修辞が読み取れないバカがいるとは思わなかった』と返答。フランシスコ・ザビエルとルイス・フロイスを間違えていた件に関しては『どっちにしても外人や』。本を購入し、具体的に間違いを指摘してくれた人たちを罵倒したのです。

 さらにはウィキペディア、新聞記事や関連書籍、ネット上のまとめ記事からの膨大な無断 引用が発覚。百田は『全体の一%にも満たない』と開き直ったが、そもそも量の間題ではあ りません。……なお、その後の検証でコピペとされる部分は三%に達しています」

 人間は完璧ではなく、気をつけていても間違いを犯してしまう。だからその時には、謝罪して訂正すればいいのだが、間違いを指摘されても開き直り、訂正もしないで放置する(単行本『日本国紀』は修正されないまま文庫化された)ことで、歴史が捏造されていく。「これは今の時代を象徴している事件でもあります。事実と嘘の税界がなくなっていくのです」と憂慮する著者。

 歴史に関しては、佐渡金山が世界文化遺産推薦候補に選ばれたことめぐり、安倍元首相が「歴史戦」という言葉を使って批判し、高市早苗氏が国会で「国家の名誉にかかわる事態だ」と主張。岸田首相は官邸内に「歴史戦チーム」を設置し、「歴史の真実」を国際社会に訴え、国益を守り抜くと表明した。

 「そもそも『歴史の真実』などと言っている時点で政治の越権です。また、『歴史戦』という発想自体がプロパガンダとマーケティングの論理で政治を捉えていないと出てきません」

 ちなみに、現在マイナンバーカードが問題となっているが、高市氏が内閣府特命担当大臣であったときに推進したのがマイナンバー制度である。

 「歴史の扱いという点においては、日本はすでに完敗しています。

 わが国ではポツダム宣言と原爆投下の時系列を理解していない男が七年八ヵ月にわたり総理の座につき、その次の総理は『私は戦後生まれなので、 歴史を持ち出されたら困る』と発言した男でした。歴史が教えてくれるのは、こうした連中が歴史に手を付けることに抵抗しなければならないということです」(以上、第六章)

 辛辣な批評であるが、忘れてはならないことを明確に思い出させてくれる。

 安倍元首相銃撃事件から1年。一部では安倍氏を神格化する動きがあり、統一協会との関係が深いことを非難され辞任した政治家が、党公認候補に返り咲いたりしている。国民は時間が経てば忘れるものだと侮られていると考えるのは、うがった見方だろうか。社会にとっての敵が「忘却」であることを肝に銘じて、引き続き政治の動きを注視していきたい。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【ベストセラーズ】978-4584139868

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