【書評】 『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』 阿部朋美、伊藤和行

 以前よりも社会的な認知が進んだ「ギフテッド」。多くの人が「先天的にとても頭が良い子のこと」という程度の理解はしているかもしれない。しかし、その特性への理解や、支援体制の整備は道半ばである。本書は、ギフテッドに関する朝日新聞デジタルの連載を大幅に加筆して編集。ギフテッド本人、家族、教育関係者にインタビューを行い、日本と海外のギフテッド教育の取材を通してともに考える。

 海外の研究では、ギフテッドはさまざまな才能の領域で3~10%程度いるという。「頭が良いならいいじゃないか」と思われがちだが、IQが高いがゆえに周囲となじむのが難しく、生きづらさを感じる人もいる。また、ギフテッドのような飛び抜けた才能と発達障害といった学習に支障ある障害を併せ持つ「2Eギフテッド」と称される子どももいる。

 世界中で用いられている知能検査(WISC-V)では5領域の数値が出されるが、領域ごとの数値に大きな差があっても生活に支障をきたすことがある。たとえば言語理解がIQ130を超え、他の数値が平均を下回ると、集団生活で生きづらさを感じる場合があり、心理士によれば、「特に言語理解が高い子は、完璧を求める傾向があり、不登校になりがち」だという。また、学校の授業に愛想をつかして学業不振の兆候を見せることもあり、知的素養があっても成績は散々というギフテッドもいる。

 取材チームは、かつてギフテッドのクラスを作ったが、「挫折」した学校にもインタビューを行っている。東京都にあるNPO「翔和学園」では、発達障害のある子どもの中に、高IQの子がいることに気づき、「アカデミックギフテッドクラス」を設けた。だが、子どもを選抜してクラス分けをしたことで、予想しなかった弊害が生まれた。

 「次第にこのクラスの子どもの中に、クラス外の障害がある子どもたちへの差別意識が生じてしまったという。『俺たちは天才なんだから、障害のある子と一緒のことはしなくていい』といった感情が見てとれるようになった。

 伊藤学園長は『教えるほうにも問題がありました。『君たちは天才なんだから』と特別視し、高い知能を伸ばすことに力を入れてしまったのです』と振り返る。保護者の中にも、『うちの子は発達障害ではなくギフテッドだから』と、障害の部分をきちんと直視しないままの人もいたという」

 IQが150以上あっても、床にずっと寝転がっているだけの日々を続け、教職員の言うことを一切聞かなかった子どもは、読み書きといった基礎学力がつかず、小学校高学年になると他の子どもたちに追い抜かれていったという事例もあった。

 近年、海外のギフテッド教育を参考に、特別な才能を見出して伸ばそうという試みが一部の大学や民間事業者などで行われてきている。なかでも2014年から東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授が行った「異才発掘プロジェクト ROCKET」は記憶に新しい。NHKEテレの特集で見たという人もいるだろう。

 プロジェクトは、特異な才能がありつつ、学校になじめず不登校になっている子どもを支援しようと、中邑教授が、日本財団から5年間で計5億円の資金を受けて行った。プロジェクトには毎年応募があった300~600人の小中高生から、10~30人ほどが選抜された。だが実質5年でこの取り組みは終了した。

 インタビューで中邑教授は、子どもを選抜することの難しさや、国が才能教育を行うことへの考えを率直に語る。

 「ギフテッド教育は、突き抜けた部分をさらに伸ばす教育だと思うんです。優秀な子に育てることが目的ですよね。すでに日本では、幼児教育などの早修教育は進んでいます。ギフテッド教育が注目されることで、早期に子どもを教育すべきだという考えがエスカレートしていかないかと危惧しています。IQって、高めようと思えば訓練して高められます。うちの子はIQが高いので特別な教育を与えたいと言う保護者もいますが、早い時期から教育を受けさせていれば、そりゃ漢字も計算もできてIQも高いでしょう。小1の授業は退屈かもしれませんが、高学年になったら並の成績になる子はたくさんいます」

 国が特別な才能のある子どもを支援し、才能教育をすべきだという意見に対しては、「公教育が行うべきは、経済的に苦しい家庭でも、他の子と違わず学力を伸ばす支援を受けられる方法」などを考えるべきだと述べる。「今の社会は、不適応を起こしても自己責任だと言われ、個人でどうにかしなければならない状況にありますから」と。中邑教授は現在、ROCKETの後継として、成績不問のプロジェクトを進行している。

 あまり知られていないことだが、戦時中の日本でもエリート教育が行われていた。その一人が、故・藤井裕久氏(元財務相)である。対象となった当時中学3年だった少年は、ある日、担任の教師から「君、ノアの方舟に乗らんか」と声をかけられて参加したと語る。

 第4章では、ギフテッド教育を行う各国の事情を紹介する。アメリカでは、1950年代、ソ連に人工衛星「スプートニク」の打ち上げを先行された「スプートニク・ショック」がきっかけとなり、ギフテッド教育が行われたが、「不平等」という声が上がり、現在では才能のある子どもを選抜するのではなく、すべての子どもへの才能教育へと軸を移している。オーストリアは、選民思想をもったナチス・ドイツに占領された苦い歴史から、子どもを選抜することへの抵抗感があり、やはりすべての子どもへのインクルーシブ(包括的)才能教育が目指されている。一方、韓国では国が主体となって英才教育を行っている。

 日本で「ギフテッド」という言葉が膾炙してきたとはいえ、まだその特性への理解は十分ではない。子どもの埋もれた才能を引き出したいという思いが、子どもや保護者に優劣の感覚や行き過ぎた能力主義の意識を植えつけてしまったという、翔和学園やROCKETの教訓をどう生かすのか。与えられた賜物をふさわしく育むために、考えるべき課題はあまりに多い。

【1,540円(本体1,400円+税)】
【朝日新聞出版】978-4022519078

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