【書評】 『天下人たちの文化戦略 科学の眼でみる桃山文化』 北野信彦

 「天下人」というと、信長や秀吉、家康が思い浮かぶ。しかし、彼らは武力だけでのし上がったのではなく、「天下」を手中に収めた背景には優れた知略・経済力など文化力があった。「彼らは、常に巧みに、そして柔軟・貪欲に、海外の文化や物資・科学技術を取り入れ、さらには東山文化で育まれた茶の湯などの上級武家の教養(たしなみ)や室町将軍家の御用絵師であった狩野派、御用蒔絵師の幸阿弥家などの『モノづくり』工房をも取り込み、これらを新たな文化力として遺憾なく活用した」のだ。こうした文化戦略に、本書では科学技術の視点から光を当て、どのようにして「天下」をとったかを考察。さらに、「桃山文化」とよばれる絢爛たる文化が形作られていった過程をひも解く。

 著者は東京文化財研究所保存修復科学センター室長などを経て、現在、龍谷大学で教鞭をとる博士(学術、京都工芸繊維大学。史学、東京都立大学)。自身が直接関わった事例を挙げて、サイエンスの力を援用することでより詳細に明らかになった「歴史の真実」を解説する。

 戦国後期、南蛮交易などによってヨーロッパの文化が流入すると、西洋甲冑の構造や意匠の影響を受けた「当世具足」が登場した。豪放・華麗な桃山気風の世相を反映して、変わり兜に代表される独特な意匠・装飾とともに、従来の漆塗りとは異なる色彩の具足が現れた。金や銀色のほか、肌色をした「仁王胴具足」も奇抜で、ルイス・フロイスも驚き、「腰から上は半裸体の一日本人をまるで生きているように作ってある」と記している。著者は肌色で塗装された、当時の具足の修復・復元を依頼され、塗料の材料と技法を調べた。

 「調査の結果、この仁王胴具足と尉頭形兜の肌色塗料は、いずれも日本国内では伝統的な 色漆や膠彩色ではなく、油絵具であった。……

 このうちの尉頭形兜の肌色塗料を鉛同位体比分析した結果、京都市中で出土した鉛玉と同様、日本産鉛ではなく、中国華南産の輸入鉛のみが使用されていた。この結果を総合的にまとめると、鉛白・鉛丹・石黄などの肌色の調色顔料は、いずれも海外交易で入手した輸入顔料であり、肌色塗料自体は油彩画技法であった。

 このことから、仁王胴具足も含め、当世具足に採用された斬新な肌色塗装の技術系譜は、……視覚的にもインパクトのある色相が得られる、西洋の油彩画技法を応用した、すなわち宗教画や初期洋風画の人物像の肌を描いた彩色油絵具を、当世具足の肌色に応用したと考えた方が理に適っているのでなかろうか」(「塗装にみる文化戦略」)

 著者はまた、イエズス会の画学舎で制作されたとみられる初期洋風画の調査にもあたり、新たな事実を突き止めた。

 「筆者は、南蛮文化館所蔵の南蛮漆器聖龕箱に収められたマリア像と聖母子像の二枚の宗教画の調査を行ったことがある。いずれも銅板に描かれていたが、絵画表面の油絵具の固化度は良好であった。そして、マリア像、聖母子像の顔や手などの肉肌色彩色は、前章で取り上げた仁王胴具足の肌色塗装と同様、蛍光X線分析では、鉛と水銀のピークが主に検出され、鉛白と朱で肉肌色に調色した彩色材料であることがわかった。……

 さらに、絵画面のすべての箇所から、比較的強い鉛のピークが検出された。これは、油絵具の乾燥促進材料である一酸化鉛(密陀僧とも呼ばれる)を検出したためであろう。初期洋風画は、日本人画工が作画したものが多いとされる。この彩色材料は、西洋画技法に則った油彩画絵具ではあるが、これらのなかには、油彩画塗料を用いた乾性油彩色と、伝統的な日本画技法である膠彩色を、画面内の配色箇所で併用した絵画もあるとされている。国産材料や伝統技法も取り入れながら、独自に創意工夫して制作されたのであろう」

 このような初期洋風画は、その後の厳しいキリシタン弾圧と幕府の海禁政策によって消滅し、18世紀後期に復活するまで断絶したと考えられてきた。しかし、鉛同位体比分析を行った結果、日光東照宮陽明門に狩野派が油彩画を描いていたことが分かった。使っていたのは日本産の鉛。狩野派は独自に西洋の油彩画絵具を作製していたのだ。

 さらに驚くべきことに、潜伏キリシタンの宗教絵画にも西洋画の技法が用いられていたことが明らかになった。長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産が世界遺産に登録されているが、登録報告書の表紙を飾った「雪のサンタマリア」(日本二十六聖人記念館所蔵)がその一つである。

 「筆者もこの掛軸状の絵画の修復事業に関連して原画を調査させていただいた。絵自体はかなり破損しており、破れた箇所は唐紙でパッチワーク状の補修がなされていたが、幅一○センチほどの驚くほどの小品ながら、竹紙に描かれた聖母マリアの顔と上半身は状態よく残っている。髪は繊細な日本画の筆タッチ、頬は西洋のテンペラ画に通じる透明感のある淡い肉肌色(鉛白と朱、淡赤色の有機染料)による彩色、伏し目がちの眉と目、鼻はベンガラを墨に混色した海老茶色の筆線で淡く柔らかい表情で描かれている。……最後に絵画表面保護のため、ワニスなどでコーティングする配慮もなされていた。

 極めて高い技量の日本画技術を持つ日本人画工が、イエズス会画学校で直接手ほどきを受けたであろうテンペラ技法やワニスによる表面コーティング技術を併用した西洋画と日本画のハイブリッド技法で制作された宗教画である。……

 この絵画自体は、厳しい江戸幕府のキリスト教禁止令下、密かに信仰を守り続けた潜伏キリシタンの人々の貴重な物的証拠の一つである。天下人たちが好んだ南蛮趣味の風俗画の画一的で硬い表情の人物表現と、この絵の画風は、同じ初期洋風画でも大きく異なっている。単に画工の違いに留まらず、繊細なタッチと透明感ある淡い肉肌色で描かれた美しい聖母マリアの姿は、天下人たちの都合で翻弄され続けた彼らが求めた精神的な安らぎの象徴そのものに思えてならない」(以上、「金碧障壁(障屏)画と初期洋風画」)

 近年、物言わぬ歴史の証言者=モノに注目する研究が各所で行われ、従来考えられていたのとは違う「歴史の真実」が判明している。科学分析・観察・画像解析技術の発達によって語り出す証言者たちの声に期待をもって耳をすませたい。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【吉川弘文館】978-4642059664

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