【書評】 『八色ヨハネ先生』 三宅威仁

 ペンテコステ諸派出身の評者が同志社大学神学部で得たものは「言葉」である。そこで見出した「言葉」は、キリスト教業界用語で固められてしまった聖書の世界観を、万人に伝わる「日本語」に翻訳し、他者との間にシンパシーを創出するツールとなった。

 その同志社時代の恩師であり、現在もお世話になっている著者が、自身の神学的思索を万人に伝わる手法(小説)で表明した作品——これが「八色ヨハネ先生」である。本作は、朝日新聞主催の第2回「Re ライフ文学賞」で最優秀賞を受賞した。

 本編最初の数ページを読むだけで、いかに著者が聖書知識に長けており、それを分かりやすく説明することに苦心しているかが分かる。タイトルの「八色(やいろ)」は、マルコ5章に登場する会堂長ヤイロと掛けていることは、誰が見ても明らかである。このダブルミーニングからして、キリスト教世界と一般社会との垣根を取り壊そうとする気概が感じられた。

 物語は、神学者となったヨハネ先生が「なぜ私がこれほどまでに苦しまなければならないか」という普遍的な問いに遭遇することから急展開する。本書70ページから描写されるヨハネ先生が見る夢の数々は、ホラー小説かと見紛うほどの恐怖を読み手に与える。随所に盛り込まれる聖書物語のエピソード、そしてクリスチャンなら誰もが知っている聖書の言葉の数々が効果的に用いられている。そのため、少しでも聖書をかじったことがある読者ならより一層楽しめる作りとなっている。しかもそれらが三宅流にアレンジされることで、キリスト教世界も一般社会もない「人の生き様」だけが浮かび上がってくる。市井の人間が苦悩し、それでも生きざるを得ないリアリティが読み手の胸を打つ。ラスト数ページに凝縮された神学者としての三宅氏の博覧強記ぶりは、小説という手法によってさらなる高みに到達したと言っていい。

 本書は、自身の人生に不条理や理不尽さを感じたことがある方ならきっと「刺さる」作品である。人生とは、生きるとは、という古くて新しい問いに対し、神学者・三宅威仁がキリスト教業界用語をなるべく用いないで、一つの回答を世に提示しているとも言える。

 読後、誰かときっと語り合いたくなること請け合いの1冊である。

(評者・青木保憲=グレース宣教会牧師)

【1,540円(本1,400体円+税)】
【文芸社】978-4286246062

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