【書評】 『アメリカ日本人移民キリスト教と人種主義』 吉田 亮

 19世紀末の開国から二度の世界大戦を経て20世紀前半まで、海を越えアメリカに渡った日本人移民キリスト教徒たちは、現地でどんな活動を展開し、生き抜いていったのか。これまで「日本キリスト教史」の分野では注目されにくかったトランスナショナルな歴史を、日米双方の一次資料を地道に掘り起こして叙述。緻密な資料研究による考察が結実した本書は、今年度の日本キリスト教史学会学会賞を受賞した。

 越境史(トランスナショナル・ヒストリー)とは、従来の歴史研究に浸透する国家中心主義や「例外主義」を超え、世界史の中で自国史を捉えるもの。特に、移民史研究では一国史観の下に「同化」が論じられることが多かったが、氏の研究はその弊を克服する。また、日本人移民のうちでもキリスト教徒に対象を絞ったことで新たな視座が拓かれたと評価された。

 「キリスト教から導き出される白皙(アングロに特定する場合もある)人種優越主義と四海同胞主義という相反する考え方や立場性の関係である。一方は人種主義に依拠して白皙人種以外の異人種を排除・序列化するが、もう一方は逆に異人種を兄弟姉妹として対等に包容する根拠として機能し、さらに両者は表裏一体の関係にある。キリスト教自体は人種主義の支持者と批判者の双方を正当化する宗教的根拠を提供してきたが、日本人移民が人種主義の被害者であったために、特に日本人移民伝道に従事した米キリスト教教役者たちの多くは、これら日本人移民を擁護するためにキリスト教に基づく四海同胞主義すなわち反人種主義を展開することで、人種主義を再定義しようとしたといえる。すなわち、キリスト教に改宗する日本人移民は『同化可能』な『例外的人種』であり、既存の人種ヒエラルキー内にはめ込まず、キリスト教文明建設の共働者(パートナー)として待遇すべきであるというのである。このようにして米キリスト教教役者は『人種創生』に深く関与したのであった」(『序』)

 日本人移民プロテスタントの歴史は、1877年、サンフランシスコに発足した福音会を嚆矢とする。「出稼ぎ書生」として渡米した者が多かった時代、福音会は人種ヒエラルキーに囚われない「例外的人種」として米社会で生き残るべく、教育の場を提供するなどの活動を行った。福音会には、本多庸一、伊勢時雄、押川方義らが訪問して演説。同会は祖国の発展を願い、援助するのとともに、天皇への敬意を表し、天長節を忘れることなく祝っていた。

 1910年代の人種主義攻撃の隆盛期においては、「大和魂を発展」させた「大日本」を建設するために、日本人移民プロテスタントは「多元的キリスト教」を形成していった。

 1913年の排日土地法を機に、日米両プロテスタントを連携させ、「キリスト教社会」アメリカの建設の協力者として評価されようと尽力する。具体的には、教派を超えた矯風団体を組織し、他のアジア系移民とは異なる健全かつ善良な市民であることを示そうとした。

 また、基督教伝道団によって啓発活動を行うとともに、小崎弘道や海老名弾正、植村正久、新渡戸稲造ら日本キリスト教界の有力者を講師として招聘した。だが、そうした活動が思うように功を奏さず、目的を達成できなかった日本人移民プロテスタントは、20~30年代には2世の日本留学プロジェクトや、満洲伝道を手がけるようになる。これらも国境を超えた活動といえよう。

 「1924年の『排日』移民法制定にまで及んだとき、日本人移民プロテスタントが選んだひとつの対応策は、自身に代わって『市民』である二世を折衷主義的『多元的キリスト教』発展の後継者に育成することであった。そうすることで日本人移民の共働者としての『適者』性を米社会に間接的にアピールし、その人種ヒエラルキーの中で『例外的人種』としての地位を堅固なものにし、米社会だけでなく日本及び世界のキリスト教文明化に貢献できると信じていた」(第5章「二世の留学企画」)

 一方、日本においては、20年から日本組合教会を中心に南洋伝道が始まり、満洲伝道も行われるようになった。日本のプロテスタント教会は、総じて満州の植民地化を支持する立場をとることで、自身への批判をかわしていた。満州事変や日中戦争勃発に際しても、日本の中国侵略を弁護する立場に立ったり、中国大陸での宣撫工作に従事したりした。こうした流れに、日本人移民プロテスタントもまた棹をさしていく。

 1921年、一人の信徒が米国から満州に渡り、南満州鉄道に勤務しながら、カリフォルニア日本人移民に対して満州開拓事業への転業斡旋を開始した。その内容は大農場経営などカリフォルニア・モデルを実践するものであり、斡旋を受けて満州に移住し者の中からは大成功を収める者が現れた。

 「エリート意識の強い日本人移民プロテスタントは、人種主義に染まった米社会に対する失望感が強かった分、満洲を理想化し、日本帝国内のフロントベースとして大きな関心と 支援を向けることになった。米社会で白皙人種優越主義の変革のために戦ってきた戦士は、満州(東亜)へと舞台を変え、新たな『明白な宿命』をパイオニアとして見出した」(第6章「満洲伝道」)

 日本の地を離れながらも、日本人としての「宿命」を引き受け、「使命」を担って生き抜いていった日本人移民のキリスト教徒たち。その生き様と歴史を、移民史として別個に扱ってきたために、これまで見過ごされてきたことが多くある。日本キリスト教史の一ページとして捉え直すことで、多くの気づきが与えられる。そもそも一国の歴史は、「ナショナル」「トランスナショナル」と分けられるものだろうか。越境史を通して、固定化した歴史観に新たな見方が加えられたことが本書の意義である。

【5,940円(本体5,400円+税)】
【教文館】978-4764274631

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