【書評】 『「バイアス社会」を生き延びる』 中野信子

 みんなが言う「普通」とは、誰にとっての普通なのか。家族、同僚、友人と話していると、誰の言うこともどこか納得できないことがある。皆それぞれの立場から、「普通」を語るからだ。しかし、そう感じるときは、自分が相手に対してバイアスを持っている、あるいは自分自身の思考にバイアスがかかっている可能性がある――と、脳科学者である著者はいう。「バイアス社会」で生きていくにはどんな受け止め方や対処法があるのか。日常の中で起こるモヤモヤを解きほぐし、サバイバルする術を優しく伝える。

 「残念なことかもしれませんが、私たちの脳は放っておけば自分の先入観に沿ったような情報だけを集めて、それを都合よく解釈して書き換えてしまうという性質を持っています。

 情報を処理するとき、私たちの脳は論理的に正しいものよりも、わかりやすいものや、自分にとって都合のよい情報だけを選んでしまう傾向があるのです。その結果、特定の人物や物事に対する偏見や間違った思い込み、ときには差別的な感情を強くしてしまうこともあります」(「はじめに」)

 人は自分に都合のいい情報ばかり集めてしまう傾向があり、それを確証バイアスという。コロナ禍で「ステイホーム」しているときに、このバイアスがデマや陰謀論拡散の温床になったことは記憶に新しい。著者によれば、脳はできるだけエネルギーを節約したいので、わかりやすいものを好むのだという。確信をもって何かを決定してくれる人や自信を持って人を引っ張っていく人を見ると、ついていけば安心と判断する。

 また、絶対的に正しいものがはっきりしていれば、それに従えばいいので、圧倒的に計算量を抑えることができる。「人はこう生きるべきだ」という正邪の基準が決まっていれば、いちいち深く考えずにそれに従えばいい。カリスマ性を持った人に惹かれる心理や、宗教的信条を絶対視する姿勢には、脳の特質が大きく関わっている。

 「バイアスというのは一見私たちの生活を邪魔するもののように思えるかもしれませんが、 そうとも言い切れません。バイアスには、私たちの社会秩序を保つという一定の意義もあるのです。ある程度はバイアスがあった方がいい場面もあります。……

 バイアスは、もともと種としての生存を有利にするために、私たちの脳に備えられた仕組みのはずです。ですから、バイアスも『使い方』次第です」

 使い方次第で有利にも不利にもなるバイアスの例として、本書では、セレクション・バイアス、「公正世界仮説」バイアス、アンダードッグ・バイアスなどが挙げられている。

 10代、20代に対しては、「皆で仲良く」の呪縛からの生き延び策を提案する。学校でも家庭でも「皆と仲良くしなければいけない」「友達は多い方がいい」という刷り込みがなされるが、脳科学的には、「皆と仲良くしなさい」と言われれば言われるほど、いじめや無視など排他的行動が起きやすくなるとされる。

 「そのカギになるのが、オキシトシンという脳内物質(ホルモン)です。オキシトシンは『愛情ホルモン』と呼ばれている脳内物質で、仲間を助けたり、子どもを育てたり、人に親密さを感じたり、仲間内の絆を強めたりといった、人間の社会的な行動を促す働きがあります。

 ですから、人が集団をつくって生活していくために欠かせないホルモンではあるのですが、『正』の側面だけでなく、『負』の側面もあります。オキシトシンの働きによって、集団の外にいる者に対して排他的な行動に出やすくなるのです。……

 また、集団の外の人たちだけでなく、仲間内に攻撃が向かうこともあります。皆と仲良くできない人や集団の和を乱す人、ルールを守らない人などです。こうした人に対して『仲間なのだから、我慢しろ』と強い圧力をかけたり、攻撃や排除が行われたりすることもあります」

 「皆で仲良く」と言われれば言われるほど、それに合わせられない人が攻撃されやすくなるのは大人も同様。しかし、脳の社会性を司る領域の成長は遅く、他人に共感的に振る舞ったり、相手を一人の人間として専重したり、他人の個性を認めたりすることができる脳の領域は、25歳から30歳くらいにならないと成熟しない。そのため、10代の集まる学校では、自分の感情を抑制できずに他人を攻撃する人がいても不思議ではないと、著者は述べる。そんな場所で、子どもが自分の身を守って生きていくのは、大人が思うよりもずっと過酷なことなのだ。

 「ですから、もし私に子どもがいたら、きっとこう言うでしょう。『皆で仲良く』なんて、あくまで理想にすぎない。現実の世界は理想どおりにはいかないことの方が多いのだから、まずは自分を守ることを考えなさい、と。

 そして、いざというときには、学校に行く必要はないことを伝えます」(以上、第4章「自分を包む見えない卵」)

 もちろん、子どもが学校生活で学べるものは多くある。しかし、そうだとしても、それがすべてだと思う必要はない。「それこそ『学校バイアス』ではないでしょうか」と問う。

 脳科学から得られた人間に関する知見は、自分がかけている心のメガネに気づかせてくれる。自分が「こうである」と考えているのは、バイアス越しに見えている世界だ。まずは知ることで、透明なメガネを外したい。

【968円(本体880円+税)】
【小学館】978-4092272903

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