【書評】 『だから知ってほしい「宗教2世」問題』 塚田穂高、鈴木エイト、藤倉善郎 編著

 山上徹也被告が起こした安倍晋三元首相銃撃事件から1年半、「2022ユーキャン新語・流行語大賞」(現代用語の基礎知識選)にも選ばれた「宗教2世」に関して、解像度の高い書籍が出版された。宗教学者、ジャーナリスト、弁護士、カウンセラーら識者の見解だけでなく、「宗教2世」本人たちの声を広く所収。これまでなされてきた議論をふまえ、多角的な視点から光を投げかけることで、「宗教2世」の問題と実態がより鮮明に浮かび上がる。

 本書は専門家の執筆による第1部と、当事者の声を集めた第2部から成る。第1部の冒頭で宗教社会学者の塚田氏は、本書における「宗教2世」に含まれる範囲について説明する。

 「『宗教2世』の定義で『特定の信仰、信念』『宗教的集団』とした理由を述べる。いわゆる『宗教団体』に限られないからだ。現代社会においては、『宗教性』『宗教的なもの』は拡散して存在している。……明確に『宗教団体』でなくとも、スピリチュアル・グループ、『陰謀論』的集団、政治的集団、各種のセミナー、マルチ商法などにも広い意味での(いくぶん稀薄であっても)『宗教性』が認められることになる。それならば、それらの集団などの影響下で育つかぎり、同種の問題は起こりうる。『宗教2世』とすると、『宗教』団体だけのような印象を与えざるをえないが、カッコを付すのと、定義を広めに設定することで、この種の広がりをカバーしておきたい」(塚田穂高「『宗教2世』問題の基礎知識」)

 同じ宗教社会学者であっても、さまざまな視角がある。エホバの証人を研究する山口瑞穂氏は、また違った観点から「宗教2世」問題を論じ、ステレオタイプな「宗教2世」観にも注意を促す。

 「もっとも、問題はいわゆる『信仰の押し付け』だけではない。『宗教2世』問題には、教団外の社会との関係によって生じる側面もあり、本稿の記述内容をもって、エホバの証人2世全般をステレオタイプでみることもまた、『宗教2世』問題の端緒となりうる。『イヤイヤやらされているに違いない』『脱会したいに違いない』と周囲から決めてかかられることも、2世特有の生きづらさの要因となるからである」(山口瑞穂「エホバの証人の『宗教2世』問題――教団史的な観点からの考察」)

 臨床心理士の信田さよ子氏は、アルコール依存症の人たちに対するアディクションアプローチを念頭に、行うべきは、宗教1世の説得ではなく、宗教2世への援助であると提言する。

 「アルコール依存症の人たちは、今日一日を終わらせ、なんとか明日も生きていくために飲んでいる。よく誤解されるような、逃げるためでなく、生きるために飲んでいることを強調したい。近年では『自己治療のため』『生き延びるため』に飲むのだという、アディクション・依存症の積極的なとらえ直しが起きている。

 ……なぜならば酪訂することが救いなのであり、断酒を迫られることは救いを奪われる ことになる。これは何かに似ている。宗教1世である親たちだ。どれだけ周囲が説得しても、ますます頑なに宗教活動にのめり込む姿は、酒をやめさせようとすればするほど飲酒量が増す依存症者に似ている。その場合、援助者が対象とするのは、飲酒によって救われている本人ではなく、周囲で困り果てている家族(配偶者や親、子ども)である。アディクションアプローチの視点からは、旧統一教会の信者である母親よりも、困り果てている山上被告こそを援助の対象とすべきなのである」(信田さよ子「アダルト・チルドレンと宗教2世問題――家族という視点から考える」)

 「宗教2世」問題は、宗教虐待・体罰・ネグレクト・高額献金による貧困などという社会問題として認知され、解決への取り組みがなされるようになってきている。それは評価できることだが、一方で、明確な社会問題へと〈まとめること〉ができない当事者たちの複雑な思いもある。置かれた環境によって違い、個別のものであるため、〈まとめる〉とそうした声はこぼれ落ちてしまうのだ。近年では、小さな事象や個人の細かな機微に着目し、〈まとめられた〉物語を脱構築するミクロヒストリーの手法が宗教学や歴史学で用いられることがあるが、本書もそうした試みに連なっているのかもしれない。

 第2部に集められた「宗教2世」当事者たちの声はさまざまだが、〈まとめること〉ができない一人ひとりの思いが、リアリティをもって聞こえてくる。

 「おかげで嘘は、どんどん上手くなった。何をすれば大人が喜ぶのか、顔色を見ればすぐにわかる。母と学会員は宗教活動に夢中で、父たちは刹那の快楽しか追っていない。私に注目する大人はいないから、表面を取り繕うだけで簡単に騙せた。

 だから私は挑んだのかもしれない。あんなことをしようと、いつ思いついたのか。

 小学二年生の時、自分の上履きを自分で隠した。それも一度ではない」(菊池真理子)

 「何気ない世間話の中で『壺』や『合同結婚式』をネタに笑いをとる大人たち。『破壊的カルトに注意しなさい』と学生に啓蒙する大学教員たち。彼らは、自分の意思ではなくそこに生まれてしまったが故の葛藤を抱える2世の存在に気付いていたのだろうか」(もの)

 「脱会以前の私にとって一番呪縛になっていた教団の教義は、『子どもは親を選んで生まれてくる』というものだった。だから親に感謝しなさいというのが、教団の教えだ。生まれてから成人するまで、子どもを支配できるこの魔法のような言葉を親からかけ続けられて育った子どもの人生を想像できるだろうか」(匿名2世)

 「お寺の子が住職や住職の妻になる以外の将来を展望すると、『お仏飯で育ったのだから仏様に恩返ししなさい。ばちが当たるよ』ということを言われ、住職になる以外考えてはいけないように思い込まされる。この『お仏飯で育ったんだから』という殺し文句は、多くの寺院に生まれた子どもを僧侶の道に進ませている」(越高陽介)

 「牧師家庭で育つことになった『PK(Pastor’s Kidsの略)』は、他のクリスチャン2世とは区別されるべき特異な家庭環境にあり、『2世』問題がより凝縮して表れることが多い……

 そこで浮き彫りになったのは、『「いつも誰かに見られている」息苦しさ』『「子どもらしい」子ども時代を過ごす権利が保障されていない』『無意識のうちに良い子を演じてしまう』『親の言行不一致を目の当たりにする』といった問題である」(松谷信司)

 荻上チキ氏が所長を務める「社会調査支援機構チキラボ」のアンケート調査によると、キリスト教系「宗教2世」による自由記述欄には、「日曜日は礼拝厳守のため部活に参加できなかった」「仕事を選ぶ際に制限された」「良いことが起こると『神様のおかげ』、悪いことが起こると『試練』『サタン』といって思考停止」「恋愛や結婚はクリスチャン同士が望ましいとされた」「婚前交渉をしないように指導された」といった記述が並ぶ。これらは、教派や教会によってはそのまま伝統的なキリスト教に当てはまる回答も多く、「新宗教ではない伝統的キリスト教も、同じ課題を内包していることが容易に想像できる」と松谷氏は指摘する。

 本書に集められた多様な声と「宗教2世」に関する知見・見解は、「宗教2世」問題の多面性・多重性を物語る。解決も一筋縄ではいかないだろう。「あとがき」で、編者を代表して塚田氏は、「宗教2世」問題は人権問題であり、社会問題であると述べた上で、「問題との闘いはまだ始まったばかりだ。稿は閉じるが、取り組みは続く」と締めくくる。

【1,980円(本体1,800円+税)】
【筑摩書房】978-4480843302

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