【書評】 『リスペクト R・E・S・P・E・C・T』 ブレイディみかこ

 ロンドンのホームレス・シェルター「ザ・サンクチュアリ」に住むシングルマザーたちが、区の予算削減により理不尽な退去通告をされて立ち上がる。彼女たちが求めるのは「リスペクト」(尊厳)。シリーズ累計100万部を記録した『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の作者ブレイディみかこが、2014年にロンドンで起きた公営住宅占拠事件から着想を得て本作を書き上げた。

 突然の退去通告に困惑したシングルマザーの一人が区役所に行くと、「公営住宅に空きはない。民間の賃貸を借りるか、無理なら家賃が安い中北部に行くしかない」と言われる。だが実は市内に空き家はゴロゴロ余っている。オリンピックを理由に進められた「再開発」によって、ニュータウンが造られ、入居者のないまま放置されているのだ。「貧乏人を街から追い出して地域社会を浄化する」ソーシャル・クレンジングが、底辺でやっと生きている人びとの居場所を奪っていく。

 「『どうして?』

  試すような目でローズがギャビーを見た。

 『どうしてって……。人間だからだろ。あたしら、虫けらみたいにお上の都合であっちこっちに行かされて、いつまでも小突き回されているだけでいいわけがない。生活保設を受けていようが、ホームレスだろうが、あたしらだって間なんだ』

 『そうなんです!』

 ジェイドは知らず涙声になっていた。不動産屋や大家に冷たく電話口であしらわれたときのことや、福祉課や住宅課の職員に汚物でも見るような目で嘲笑されたことを思い出していた。
『もちろん住む場所は要ります。国や自治体に何とかしてほしいと思う。でも、本当はそうじゃないんです。本当に言いたいのは、そのことじゃないと思う』

 ジェイドは差し指で涙をぬぐいながら言った。

 『あたしたちの声を聞けよって……、あたしらは生きていて、ここに存在しているんだから、あたしらをいないものにするなって……。もうあたしは黙らないからなって、それがあたしの本当に言いたいことなんです』」

 シングルマザーたちは自らの声を聞かせる手段として、街頭に立ってデモをし、公営住宅地の空き家を占拠する。その住宅地からは、オリンピック・パークに建てられた高さ115メートルの展望塔アルセロール・ミックル・オービットが見える。オリンピックを恒久的に記念するために建設されたイギリス最大のパブリック・アートだが、それを見つめる彼女たちは冷ややかだ。

 「ナイラの言葉を聞きながら、ローズは窓の外に目を向けた。相変わらず奇妙奇天烈な形をしたアルセロール・ミックル・オービットが見える。むかしのSF映画に出て来る塔に赤い網がかかって絡まっているかのようなデザインのモニュメントは、あまりに安っぽい。それなのにあそこまで巨大であるという点で、非常にファシスト的な建造物だとローズは思った。

 莫大な資金を投じ、こんなにバカバカしくて悪趣味で大きなものを建てるという愚行を誰も止められなかったということの象徴だからである」

 かつて市民運動に邁進したパワフルな面々の応援を得て、市民たちからの差し入れも寄せられ、ただのシングルマザーだった彼女たちがムーブメントを起こし、ついに区長は謝罪に追い込まれる。だが、安心はできない。続けなければ、また戻ってしまう。

 「それは、この区や市や国や社会を回しているシステムというものは、このぐらいで変わるようなヤワなものではないからだ。一度や二度、ゆるいジャブをかますぐらいでは、相手はビクともしない。だから続けなくてはいけないのだ。すっきりした結果が出なくても、痛快でなくとも、確実にゆっくりやり続けなければいけない。いつまでもしつこく反復しなくてはいけない」

 本作の舞台はロンドンだが、リクルートワークス研究所のインタビューで作者は、日本と日本人についても言及している。「日本では人に迷惑をかけないことばかりが強調され」、「多くの日本人はどうせ変わらないと諦め、さめざめと泣いたり傷を舐め合ったりしているだけではないのか」と。だが、「日本も立ち上がる力を取り戻さないといけない。この小説で闘うことの大切さ、それがセルフリスペクトを取り戻すことにもつながることを伝えたい」とのメッセージでしめくくる。

 確かに、国のシステムや連綿とつづいてきた政治的慣習は簡単には変わらない。だが、やられてばかりでは自己肯定感が下がるばかりだ。「バカにするな」と声を上げ、自分の尊厳を取り戻し、その力をもって一人ひとりがリスペクトされる未来を起動させたい。

【1,595円(本体1,450円+税)】
【筑摩書房】978-4480815736

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