【書評】 『つなぐ世界史』1・2・3 岡 美穂子 責任編集
全国の高等学校で2022年4月から、満を持して「歴史総合」の授業が始まった。その最大のコンセプトは「私たちに関する諸事象が、日本や日本周辺の地域及び世界の歴史とつながっていることを理解する」(高等学校学習指導要領)こと。しかし、現場の教師たちは大学受験との兼ね合いで、何をどう教えたらいいのか試行錯誤している。本シリーズはそうしたニーズに応え、「地域をつなぐ」「過去と現在をつなぐ」「歴史への様々な『思い』をつなぐ」「最新の研究成果と市民をつなぐ」「次世代の未来につなぐ」といった視点から、第一線で活躍する研究者が各分野を執筆。授業の副教材としても使えるよう工夫されている。
『つなぐ世界史』シリーズ全3巻のうち1では古代・中世を扱う。
「西暦1世紀の世界はすでに各地域に大規模な国家が成立し、高度な精神文化が発展を遂げ、それらが国境を越えて相互に影響を与えるまでに成熟していた。キリスト教はまだ生まれたばかりだが、その後に世界を席巻する文化的素地――広域展開したヘレニズム、ユダイ ズム、ローマの平和――がすでに重層的に準備されていた。もはや、各地が単独で存立できる時代ではなく、互いの存在が不可欠の要素となったつながりの世界だった」(市川裕「概説 『古代帝国』の時代――思想が地域と地域をつなぐ」)
7~8世紀、日本の平城京は国際都市となっていた。天平勝宝4(752)年、東大寺の毘盧遮那仏(「奈良の大仏」)の開眼供養会では、南インド出身の僧正が大仏に目を描き入れた。儀式では、度羅楽とともに入場した僧侶たちが列をなして会場を練り歩いた後、久米舞などが演じられ、ついで踏歌・唐楽・高麗(朝鮮北部)楽・林邑(ベトナム)楽など諸外国から伝わった楽舞が次々と演じられた。このような儀式を行ったのは、周辺諸国がこぞって大仏や天皇の元へ駆けつけたとアピールする戦略的な目的があったと指摘されている。開眼供養会に用いられた物品や、聖武天皇愛用品が正倉院宝物として伝来しており、その中にはペルシアのガラス器など外国からの舶載品も含まれている。
「ただし注意しなくてはならないのは、正倉院宝物のうちで外国製品が占める割合は5%未満とされており、その多くは国産品であるということ、また宝物に用いられた素材や薬剤の産地は広域にわたるものの、それらはいずれも唐や新羅との外交や交易を介してもたらされているということである。正倉院宝物にみられる国際性は、あくまでも唐の交易圏の広がりを示すものであり、『シルクロードの終着駅』は平城京ではなく、唐の都である長安な のである」(稲田奈津子「国際都市 平城京」)
9~10世紀の長安の様子については、日本人僧 円仁の残した記述が役立っている。長安で念願の密教を学んでいた円仁は、史上最大の仏教弾圧「会昌の廃仏」に遭遇した。唐書など中国の歴史書がほとんど言及していないこの仏教弾圧について、円仁は詳細に記録して後世に伝えている。
「843年、マニ教司祭たちは頑を剃られ袈裟を着せられ仏僧に見せかけられて殺害されたと円仁は記し、845年発布の勅語には3000人以上の景教徒・祆教徒を還俗させた とある。こうして仏教だけでなく、マニ教、景教、祆教などの外来宗教への弾圧も行われた」(磯寿人「円仁の旅」)
11~12世紀には、十字軍運動が展開されたことが知られている。
「『十字軍とは何か?』ということを確認しておこう。日本の学校教育に基づく定義が、現在の十字軍史研究学界のそれとは大きくかけ離れているからである。学界においては、次のように定義されている。十字軍の本質はキリスト教会の敵と戦うことによって得られる贖罪であり、その運動は時間的には1095年から1798年までの約700年間にわたって、空間的には中近東や北アフリカのみならずヨーロッパ各地で展開された」(櫻井康人「十字軍と『キリストの騎士』」)
久留島典子氏による古代・中世における日本のジェンダーや家族制度についての論文も興味深い。唐の律令にならって、古代日本では大宝律令が編纂されたが、婚姻の慣習や親族関係、男女の社会的地位に関しては、中国と日本で大きく異なっていたため、法と実態がかけ離れていたことが、女性史研究の成果として明らかにされてきた。例えば、中国では婚姻とは男の家と女の家との間の契約だったが、古代日本では、男が女のもとに通い始めるのが婚姻の開始であり、通い続けることが婚姻の継続であった。
「女性は原則として役人にはなれないという女性排除の社会システムである律令的官職制 は、本来中国のような家父長制社会を前提とする。しかし日本では、逆に官職制が社会を家父長制的に編成する方向で作用していった」(久留島典子「中世日本のジェンダー関係」)
『つなぐ世界史』2では中世、3では近現代/SDGsを扱っている。キリシタンや大航海時代に関心があれば2を、近現代のつながりをみるのであれば3が有用だ。歴史の授業といえば、年号や人名を暗記しなければならず、「なんでそんな昔のことを勉強しなければならないのか」との不満も聞かれる。だが、自分とつながっていることがわかれば、面白く学べる。古代から現代まで、日本列島各地が世界と多様につながってきたことを知ることで、何気なく暮らしている日常生活の見え方も変わってくるに違いない。
【2,530円(本体2,300円+税)】
【清水書院】978-4389226015