【書評】 『世界史の中の戦国大名』 鹿毛敏夫

 ドイツ南部のバイエルン州にあるヴァン・ダイクが描いた絵画など、「Coninck van BVNGO」(豊後王)と表記された大友宗麟(義鎮)像はヨーロッパ各地に残り、ヨーロッパにおける戦国大名の絵画では最も数が多い。日本では九州の一大名として認識されている宗麟がどうしてザビエルと一緒に描かれ、16世紀ヨーロッパ史に大きな影響を及ぼすようになったのか。その謎は、戦国大名が世界史の中でいかなる活動をしていたのかを知らなければ解けないようだ。

 キリシタンになった大名をグローバルヒストリーの中に位置づけ、外交政策・経済活動という視点から考察してきた著者が、本書では戦国大名のコスモポリタン性あふれる領国経営を解説。一般に、「天下統一」を目指して諸大名がしのぎを削っていたとされる戦国時代に、地方の大名たちが「天下統一」とは異なる展望を持ち、広く海外に目を向けて独自の対外交流チャンネルを模索して貿易を行い、各領国を治めていたことを示す。

 「大友義鎮も、天正六(一五七八)年七月にキリスト教の洗礼を受け、日本で布教を進めようとするイエズス会を庇護するキリシタン大名になった。しかし、九州のキリシタン大名 の多くは、純粋な信仰というより、貿易船の来航を視野に入れた受洗であった(五野井隆史『キリシタン大名とキリシタン武将』)。義鎮の場合も、豊後府内や筑前博多でイエズス会に土地を与え、そこからの年貢収益等を教会の活動費にあてることを許可しているが、これは各宗派の仏教寺院や八幡社等の神社、祇園社等に認めた寺社領政策の一環であり、キリスト 教だけの優遇でもウエスタン・インパクトの問題でもない(岡美穂子『布教と貿易』)」(プロローグ――戦国大名は世界史の中でいかなる活動をしていたのか)

 15世紀、世界では鉄砲の生産が拡大し、黒色火薬の原料である硫黄・硝石・木炭の需要が急増した。それに伴い、日本からの硫黄(サルファー)の輸出も膨大なものとなり、室町期の『大乗院日記目録』によれば、ある年の遣明船による硫黄輸出量は238トンにのぼり、「サルファーラッシュ」ともいうべき状況にあった。遣明船の経営主体は、室町期は守護大名が担っていたが、これが戦国大名へと受け継がれる。遣明船の船団中で最大量の硫黄を積載していたのは豊後の守護大名、大友親繁であった。

 16世紀半ば、戦国大名が派遣した遣明船と結んだ中国人倭寇王直のジャンクによって、鉄砲が日本に「伝来」した。いわゆる「鉄砲伝来」だが、単なる物の「伝来」ではなく、日本人がアジアン・マーケットで能動的に活動していたことがその背景にあることを理解すべきだと著者は指摘する。16世紀後半になると、日本の戦国大名は、東南アジアのタイやカンボジア、ヨーロッパのポルトガルなど外国の国王との間で、ほぼ対等といえる国書の交換や外交・通商協約の締結することに成功する。このことは、「『中華』に縛られてきた東アジアの伝統的な国際秩序を突き崩す契機になった」と著者は述べる。対外交易を積極的に行った大名の領国では国際性豊かな町が誕生した。その様子を彷彿させるのが、豊後(現在の大分県)で多数出土するキリスト教のメダイ(メダル)である。

 「(豊後)府内のキリスト教会『ケントク寺』(顕徳寺)やコレジオは、都市西部の上町・中町・下町の町筋に開設されていたことがすでに明らかになっており、イエズス会豊後教界の信仰中枢機構も府内西端部に存在していた。メダイの出土地が、教会やコレジオの立地する西部に集中することなく、都市のなかに幅広く分布している事実は、そのまま、府内の都市空間におけるキリスト教徒の点在を物語るものと言えよう。近世の禁教政策が敷かれる以前の都市・町におけるキリスト教徒や教会は、必ずしも孤立・閉鎖した存在ではなく、むしろ都市の開放的性質によって、その異信仰性が包容されていたのである」(第四章 戦国大名領国のコスモポリタン性)

 こうした国際的かつ他宗教を包摂した都市の状況をふまえて、「同時期の豊後は、日本列島内の全国六十数ヵ国分の一の 『豊後』としてとらえるより、ヨーロッパのキリスト教世界から日本最有力と見なされた『Coninck van BVNGO』大友義鎮が治める『BVNGO』として、世界史的な異文化認識の メカニズムのなかでとらえる方が、より豊かな歴史認識にたどり着く」と結論づける。

 一方、戦国大名によるこのような対外活動は、「天下統一」を成し遂げたはずの豊臣政権や徳川幕府にとっては、放置しがたい内患として映るほかなかった。「一七世紀における日本人の海外渡航および貿易の制限に禁教政策が関わっているのは間違いないが、……宗教の問題では終始しない別の意味が見えてくる」として、著者は、禁教令・鎖国令が発布された原因には、16世紀の戦国大名による活発な外交交易政策があったと考察。

 とはいえ、諸大名が国盗り合戦ばかり考えていたのではなく、それぞれが独自に積極的な領国経営を行っていたという事実は、一面的な戦国大名のイメージを覆す。

 「現在の研究史の状況では難しいことであるが、地域権力の闘争・合戦とその勝ち負け、そしてその勝者の軌跡ばかりにとらわれるのではなく、政治権力が分散状態の列島各地において、おのおのの大名が領域社会の為政者として、いかなる内政を行い、また、海外を含む支配領域外の政治権力とどのような外交関係を結んだかという、『地域国家』の為政者としての内政と外交のあり方を検討し、その特徴に応じた時間軸と空間軸を設定しながら、多様性にあふれた日本社会の内部構造を比較・相対化させて叙述する戦国時代史の姿を、いつかは見てみたいと思う」

 多様性や多文化共生、地方創生の取り組みが注目を集めているが、歴史学やキリシタン史学においても、新しい視点が取り入れられることで、歴史叙述が更新されていくのかもしれない。

【1,210円(本体1,100円+税)】
【講談社】978-4065332184

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