【書評】 『ヘンリ・ナウエン 傷ついても愛を信じた人』 酒井陽介

 「むなしい孤独感(Loneliness)から神とともに一人でいる(Solitude)ことへ」(第三章『ナウエンの霊性の特徴』より抜粋)

 本書冒頭で、ヘンリ・ナウエンとは2冊の本であるという紹介がなされている。それは彼が生前に書き記した40冊以上の著作と、書ききれなかった彼自身の生涯の歩みという本である。言葉として残されることはなかった、ナウエンの生涯。それが本書で取り扱われる霊性の探求者ヘンリ・ナウエンである。長らくナウエンの霊性を研究してきた著者は彼の生涯を丁寧に辿りながら、『傷ついても愛を信じた人』という観点からヘンリ・ナウエンの姿を描き出す。

 今やキリスト教霊性に興味を持つ人ならば、一度は聞いたことがあるであろうヘンリ・ナウエン。カトリック司祭でありながらプロテスタント教会でも広く読まれ、またハーバード大学の教授を辞して、身体的障がいを持つ人々と共に暮らす「ラルシュ共同体」の中で生きるようになった歩み有名である。そして日本でも続々邦訳されている彼の著作は多くの人々に影響を与え続けている。

 本書の特徴はそんなナウエンを神格化し、褒め称えるのではなく、むしろその有名さとは相反するようなナウエン自身の孤独、葛藤、弱さに焦点を当てている。生きづらさを常に抱えたナウエンだからこそ、多くの人々に共感を呼び、励ましとなっていることを丁寧に分析している。

 第一章「霊性の変遷」ではそもそもキリスト教の霊性とは何か、その歴史的変遷を追いながら、社会や集団としての信仰から、個人主義化していく信仰の中での霊性、スピリチュアリティの特徴や発展を述べる。

 第二章「ナウエンの人生の素描と作品に見る霊的変遷」。ナウエンの幼少期時代から、親子の関係、晩年の思想に至るまで、彼の遺した著作やそれらの変化を丁寧に見比べながら、総合的な一人の人間ナウエンの姿が浮かび上がってくる。

 第三章「ナウエンの霊性の特徴」。心理学者としての地位も名誉も、そして霊性に通じた偉大なカトリック司祭として評価を高く受けながらも、彼自身の歩みには常に葛藤、孤独、痛み、虚しさがあった。しかし、人間が埋めることのできない渇きを神との交わりへと昇華しようとする正直で赤裸々な生き方そのものが彼の霊性の特徴となっている。

 第四章〜終章。三章までの分析を踏まえつつ、より神学的にまた人間学的にナウエンの生き方、その思想を探っていく。彼自身のセクシュアリティや葛藤を述べつつ、『傷ついた癒し人』としてのナウエンの姿が、現代に生きる私たちと重なり、何よりイエス・キリストこそ最も『傷ついた癒し人』であることをイメージさせてくれる。カトリック司祭としてのナウエンの評価もまた興味深い。

 本書はヘンリ・ナウエンの入門書としても優れている。ナウエン自身の生涯を知ることはもちろん、各著作の執筆時期、特徴や変化などをある程度知ることができる。その上でナウエンの著作に触れることができるならば深みはさらに増していくだろう。

 「ナウエンの歩みを辿っていくと、自分の弱さに気づき、時にその重みに耐えかねて痛み苦しみながらも、それでもキリストの後をついて行きたいと食い下がるナウエンの姿が、見えるような気がする。彼は葛藤を抱え続けながら、その弱さと最後まで取り組みつつ、捧げつつ生きたのだ。彼は悲しみながらも、そこから立ち去ることはなかった」(第四章『ナウエンの霊性の神学的・人間学的考察』より)

【1,980円(本体1,800円+税)】
【日本キリスト教団出版局】978-4818411524

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