【書評】 『オカルト2.0 西洋エゾテリスム史と霊性の民主化』 竹下節子

宗教思想や神秘思想史に造詣が深く、多くの著書を執筆していた竹下節子氏が欧米のオカルトやエゾテリスム(秘教)の過去から現在までをたどり、日本におけるオカルトの変遷まで論じる1冊。キリスト教文化圏で起こった「スピリチュアリティ=霊性」の歴史的変動を指摘しながら、「オカルト2.0」現象を明確にする。
「オカルトの世界はすでにゲームやアニメやライトノベルなどで消費されていたが、パンデミーの先の見えない闇の中で一筋の光を求めて手探りをしようとする人々にとっては、オカルトこそが、『忘れられた宗教』、『失われた精神世界』への無意識の郷愁と穴を埋めるものとなっていった。それが『オカルト2.0』だ」(「まえがき」)
第1章では、フランスでの修道院ブームやインフルエンサーの観察を通して、フランスにおける「オカルト2.0」を映し出す。フランスには「奇跡の泉」ルルドがあり、世界的巡礼地となっている一方、国家としてはライシテとよばれる政教分離政策が採られ、カルト逸脱行為警戒対策本部(MIVILUDES)が設置されている。
第2章では、動物磁気療法で一世を風靡したメスメルの生涯を追いつつ、フランスとドイツで彼の考え方と療法(メスメリズム)が違う形で変容していったことを示す。メスメリズムが多くの人の関心を引き、受け入れられた背景には、当時の歴史的状況が影響しているという。
「フランス革命は、『聖なるもの』の権威を帯びて特権を行使する王権や教権を否定したが、『超越的』なものを否定していたわけではない。キリスト教に囲い込まれていた三位一体の神を排除はしたが、『超越との調和』を図るという伝統そのものは途絶えていなかった。フリーメイスンが『宇宙の設計者』としての神を立てたり、古代エジプトの秘儀などに模した典礼を作り上げたりしたのも、革命政府がカトリックの聖堂を『理性の神』の神殿に置き換えたのも、『普遍的人権』を謳い上げたのも、キリスト教の神を代替するものだった。……
宇宙を視野に入れた『磁気治療』は、啓蒙の精神、自由と平等に根差す同胞愛の精神に合致していた。フランス革命は『虐げられた庶民が突然蜂起した』ものではない。啓蒙の精神を共有した聖職者、貴族らが、少しずつ、確実に積み上げていったもので、メスメリズムはその流れをとらえ、流れに添うことで普遍性を獲得したのだ」(第2章「メスメルの磁気療法とオカルトの転換点」)
メスメルの死後、メスメリズムはさまざまに枝分かれしていったが、第3章ではそうした複雑な流れを、ヘルメス文書や新プラトン主義、錬金術・占星術、神智学に言及しながら俯瞰する。フランスが生んだふたりの異なるタイプの思想家エリファス・レヴィとルネ・ゲノンも取り上げられている。フランスでオカルトやエゾテリスムの門戸が広いのは、この2人が残した著作を基盤にした多角的なアプローチがなされ続けてきたからであると著者は分析する。
第4章では、人文科学における「複雑系」へのパラダイムシフトや、脱構築の「多様性」、ポストモダンの相対主義をふまえた上で、その中に脈打つスピリチュアリティを考察する。章の合間にはさまれたコラムでは、占い師や超能力ショーへの参与観察がレポートされており、著者の感想も含め、興味深いものとなっている。
終章ではここまでの歴史的な流れと議論をまとめつつ、著者の持論を展開。
「中世までのキリスト教文化圏では裏側に隠れた潮流として補完的に存在していたオカルトは、ルネサンスを経た後の宗教革命の中で大きく分かれた。もともとオカルトをキリスト教以前の『陰の文化』として飼い慣らしてきたカトリック世界では、それを表の世界に組み入れるための試行錯誤があったが、『迷信』を廃したプロテスタンティズムはそれをとりあえず封印した。その結果、近代のエゾテリスムはカトリック世界で理論化された」(終章「オカルト2.0総論」)
日本では西洋のオカルトは主としてサブカルチャーの中で消費されてきたが、その消費が拡大するとともに、日本の古代から他の東洋・西洋のあらゆる文化、宇宙人までを網羅するハイブリッドでヴァーチャルなオカルト世界が広がったと、著者はいう。オカルトはもはや「隠れた世界」ではない。多様性を極めた複雑系の中で、偶像崇拝のような罠に陥らずに、「表の世界」との境界ゾーンに踏みとどまってクリエーションを自分サイズで試みていくことが、「オカルト2.0」では有効であろうと推奨する。
宗教や科学が「絶対的真理」を標榜する時代においても、オカルトは常に霊的探求の方法として存在してきたが、「普遍」とされたものが相対化された現代において、オカルトもまた若者たちにとって、ただ「信じて受け入れる」対象ではなくなってきている。神やオカルトが、カオスにコスモスを与えるものとして再び機能することはできるのか。オカルトをアップデートした「オカルト2.0」を著者が提唱するように、既存のキリスト教をアップデートした「キリスト教2.0」が立ち現われてくることが求められる。
【2,420円(本体2,200円+税)】
【創元社】978-4422701776