【書評】 『ヴェネツィアのゲットー 商館・共同体・コンタクトゾーン』 李 美奈

 「ゲットー」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは第二次世界大戦のナチス・ドイツの所業や、強制収容所のようなイメージかもしれない。しかし、ゲットーが誕生したのは16世紀前半のヴェネツィア。現在も、かつてゲットーだったところに多くのユダヤ人が住み、豊かな宗教文化を営んでいる。

 本書の冒頭は、著者が初めてヴェネツィアのゲットーを訪れた時の体験と、そこで感じた「よそよそしさ」から始まる。

 「二〇一七年八月、私は資料調査のためにヴェネツィアに来ていた。嵐の後のよく晴れた土曜日の朝、滞在していた宿を出発し、緊張と興奮の入り混じった高揚感を抱きながら、サンタ・ルチア駅からやや前のめり気味に歩いていた。駅から出て左へ、観光客に混じって、土産屋の並んだ賑やかな目ぬき通りをグーリエ橋まで進む。橋の傾斜を登ると、ちょうど目線の高さに、ヴェネツィアでは見慣れないヘブライ語の看板が目に入る。橋を下って左に曲がり岸沿いに進むと、気をつけないと見逃してしまうようなやや低く四角いポルティコ(建物の一階部分に柱やアーチで作る通路)が右手に現れる(写真1)。ここがかつてのユダヤ人ゲットーであることを知らない人々は、木枠に囲まれた薄暗いこの入り口が、そもそも通って良い場所なのかどうかも戸惑うだろう。……

 礼拝の時間、私は多くの発見に興奮を覚えていた。しかし同時に、妙に強いよそよそしさをも感じていた。ユダヤ人共同体の礼拝は、部外者への警戒心が強いのは当たり前である。シナゴーグは反ユダヤ感情の捌け口として、しばしば攻撃の対象となり、その証拠に建物の入り口は銃を持った衛兵二人が見張っている(写真2)。それでも、他の都市で参加した礼拝と比べても、必要以上の距離があった」(1.ゲットーを訪ねる視線)

 著者は、後でその「よそよそしさ」の理由に思い至り、自身が観光客のような目線でゲットーを見学していたことを反省。その体験をきっかけにして、ゲットーという空間を再考していく。

 「ゲットー」という言葉には本来、ユダヤ人隔離地区という意味合いはなく、ヴェネツィア本島北部にある地区の名前だった。1516年にヴェネツィアでユダヤ人隔離地区が設置された後、同じ隔離措置がイタリアの各地で適用されるようになった。1555年、ローマ教皇パウルス4世は、勅書を出してローマとアンコーナにユダヤ人隔離地区を作り、すべてのカトリック教国に向けて隔離地区の設置を求めた。それはユダヤ人を集住させ、毎週教会で説教を聞くように義務づけ、ユダヤ人をキリスト教に改宗させるためであった。

 ヴェネツィアのゲットーの設置は、決してユダヤ人の永住を保証するものではなく、コンドッタと呼ばれる契約を支配者と交わし、それを5年ないし10年の期間で更新しなければ住み続けることができなかった。とはいえ350年もの間、更新され続けたため、生まれてから死ぬまでゲットーで暮らすユダヤ人は多かった。ゲットーではシナゴーグを拠点としてユダヤ人共同体が活動したが、近世のヴェネツィアには様々な文化が持ち込まれたため、ゲットーにもその影響が及び、科学的知識の摂取や芸術活動が積極的に行われていた。

 「このようにゲットーの空間は、異文化の思想、新しい知識、逸脱した遊びなど、多様な要素を同時代のヴェネツィア社会から受け入れ、ユダヤ社会の伝統や慣習を柔軟に変化させたり再強化したりしながら両文化を共存させた。

 ゲットーがユダヤ人の居住区として区画された空間を提供し、その中にユダヤ教に根付いた生活を実現したからこそ、そこに住むユダヤ人は安心して外の新しい風を取り入れることができたのだろう」

 「中世の間、ユダヤ人がキリスト教社会での居住を許されたのは、彼ら自身がキリスト教の生き証人であり、また彼らが離散状況で苦しみながら生きていることがキリスト教の正しさを示すことになるという理由からであった。そうした宗教的な捉え方を部分的に受け継ぎながらも、近世にはより民族学的に、他者としてのユダヤ教を知ることの関心も高まっていた。そうしてゲットーは、ユダヤ教やユダヤ社会への好奇の視線を集め、コンタクトゾーンとなっていったのである」(4.コンタクトゾーンとしてのゲットー)

 キリスト教社会からユダヤ人に向けられた最も大きな関心は、ヘブライ語やヘブライ語によって書かれた神の言葉に対してであった。こうした動向をクリスチャン・ヘブライズムという。また、ユダヤ社会の空間は呪術的な実践やアイテムのマーケットとしても機能した。カバラーや医学、天文学などの知識が混ざり合って、ユダヤ教の文化に対して神秘的で呪術的なイメージが形成されたのだった。

 1797年、ナポレオンとハプスブルク・オーストリアの侵攻によりヴェネツィア共和国は消滅。ゲットーの門が燃やされ、ユダヤ人に市民権を与えるとゲットーの中庭で宣言された。ユダヤ人はゲットーから離れてキリスト教徒と分け隔てなく住むようになったが、それでもなおユダヤ人への偏見は残った。

 「軽蔑の意味合いがなくとも、また時には羨望の的となったときでさえ、ゲットーによって強化された『他者』というスティグマは消えることはなかった」(おわりに)

 「視線」という側面では、中世ヨーロッパ社会でゲットーに向けられたのと同様のものが、現在も「観光」という形に変化しながらユダヤ人に向けられているのかもしれない。ゲットーとユダヤ人の歴史を語り継ぐことは大切だが、同時に、「他者」をどう語っていくかを考えなければならない。知らず知らずのうちにマイノリティに向けてしまっている「視線」を意識化しながら、「他者」理解を深める道を模索していく必要がある。

【770円(本体700円+税)】
【風響社】978-4894898172

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