【書評】 『ガザからの報告――現地で何が起きているのか』 土井敏邦

昨年10月7日のハマスによる越境攻撃を機に始まったイスラエル軍によるガザ攻撃は、多くの犠牲を出しながらもいまだ終結の兆しさえ見えない。先月イスラエル軍は、ハマスを支援しているとしてレバノンのシーア派組織ヒズボラに対する攻撃も激化させ、多数の市民が巻き添えになっている。いま戦場では何が起きているのか。長年パレスチナ問題の取材を続けてきた著者が、旧知の現地ジャーナリストの報告を通してガザの人びとの「声」を伝える。
「――まもなく冬がやってきます。家もなく、暖房もなく、人びとは生き残ることがとても難しくなると思うのですが?
今は秋で、冬に入ろうとしています。にもかかわらず人びとは広場や道路でテント暮らしです。他に選択肢がないからです。家もなく、どうすればいいでしょうか。中にはテントや避難所さえない人もいる。私は何人かの難民を受け入れています。他の人はそんな機会もないのです」(10月30日)
「これまでと同じく木切れで料理をしています。燃料のための木切れがないから、墓地ではすべての木 が切られている。それを家に持ち帰り、火を起こしている。道でもほとんどの木が切り倒されています。公園からも木が切り倒されて消えました。
一つだけ支援物資の箱が手に入りましたが、中に食料がないために、買わなければなりません。店では棚が空なので、ブラックマーケットで買います。そこでは奪われた支援物資の食料が売られています。 ハマスがトラックの支援物資の食料を奪い、ハマス 係の深い商人に横流しし、それを販売させていると聞きました。私たちはそこから食料を買わなければなりません。とても高いんです。……しかも食事は一日一食です。もちろん子どもたちが優先です。支援物資のビスケットも無料ではなく、買わなければなりません。少量のビスケットが ○・五ドルです。だからビスケットを子どもたちに食べさせようとすれば、二~三ドルは必要になります。食べ物は見つかっても、高いんです」(11月27日)
住居は破壊され、食糧が底をつく。寒さと栄養状態の悪化、衛生的な環境が失われたことで病気も蔓延している。もともと持病があった人には薬が行きわたらない。そこへ容赦なく攻撃が襲ってくる。
「一二月三一日の早朝でした。近くで戦車のエンジンの音が聞こえました。戦車はとても大きな音を立てるんです。窓から二台の戦車が近くに見えました。五〇〇メートルほど離れていました。私はすぐ家族に、家の西側に移るように言いました。家の東側に二台の戦車、さらにその近くに三台の戦車がいましたから。
次の瞬間、大きな爆発音がしました。それが最初の砲撃でした。それから一○秒後、二発目の砲撃音がしました。その砲撃が私の家を直撃したんです。家の中に、黒い煙と埃が立ち込めて、周囲が見えなくなりました。隣人たちが上げた金切り声を聞きました。さらに次の砲撃音が聞こました。……
屋上に上がると、アハマドは横たわっていました。その頭部は砲弾の破片で切断されています。頭から脳が飛び出し、すでに死んでいました。アハマドの遺体から二、三メートル先に、私の妹の夫が倒れていました。首に破片を受けていて、その周りにはたくさんの血が流れていました。義弟も死んでいました。……
弟たち二人の遺体は同じ墓に葬りました。墓地には二人の遺体分のスペースがなかったのです」
「――なぜあなたの家が標的にされたのですか?
わかりません。私たちは民間人だし、ハマスなど武装組織とはまったく関係ない。ハマスと関係のない人とだけ付き合うようにしていました。だから、なぜ私の家が砲撃されたのか理由がわかりません。ただ、何千という家が理由もなくイスラエル軍に破壊されています」
このような目にあいながら、住民たちはハマスとイスラエルへのテロ攻撃をどう考えているのだろうか。日本で目にする報道では、ハマスがガザの実権を握ったのは住民の支持だと聞くが……。
「言うまでもなく、人びとは疲れ切っています。『ハマスがガザを破壊した』と批判しています。ハマスはパレスチナ人に新たな『ナクバ』をもたらしました。多くの住民は、『もうハマスはたくさんだ!』という思いです。ハマスから受けた苦難はこの戦争だけではありません。二〇〇七年からハマスはガザ地区を一七年間支配し、破壊しました。ほとんどの住民は貧困に苦しんでいます。子どもたちは栄養不良で苦しんでいます。多くの住民は失業中です。しかもハマスは腐敗しています。ハマスのために、住民はいやというほど苦しんできました。『ハマスを排除したい』と願っています。この戦争が住民のそんな感情を増幅させました」(11月27日)
「――攻撃が始まって三カ月が経つ今、人びとの怒りの矛先に変化はありますか?
日常生活での怒りはイスラエル軍よりも、ますますハマスに向かっています。もちろんイスラエル軍が大規模なジェノサイドを行っていることに激しい怒りは向かうが、一方でハマスを非難しています。ハマスが今回の惨事の原因だからです。ハマスの一〇月七日の軍事作戦が、イスラエルがガザを攻撃する理由を与えてしまったからです」(12月29日)
昨年10月、ハマスの越境テロが発生すると、欧米の首脳たちは一斉に、イスラエル政府への全面的な支持を表明した。だが、グテーレス国連事務総長だけは、ハマスを非難する一方で、「この攻撃は何もないところから突然起きたわけではなく、57年の間パレスチナ人が窒息させる占領(suffocating occupation)の下に置かれていたことに起因している」と指摘した。イスラエル政府による「占領」という構造的な暴力にガザ住民は半世紀以上も苦しみ続けてきたからだ。「自治区」のヨルダン川西岸でも、半分以上の地域がすでにイスラエル政府に実効支配されている。それを知りつつ欧米諸国は、「二国間解決こそ唯一の解決への道」だと繰り返す。
そうした状況に対して著者は以下のように述べる。
「欧米諸国はロシアによるウクライナの侵略・占領を激しく非難し、国土の一部が占領されるウクライナには惜しみなく武器も資金も支援する。しかし一方、何十年も続くイスラエルによるパレスチナ占領では、『占領される側』ではなく、『占領する側』のイスラエルを支持・支援し続けてきた。この欧米の『ダブルスタンダード(二重基準)』に日本政府は疑問を呈することもせず、欧米諸国と一緒になって『被害者・イスラエル』への支持を表明する」
本書で報告されているのは、主に攻撃開始から数カ月間のことであり、現状はより深刻なものになっていることが容易に想像できる。中東のニュースによれば、死傷者は十数万人に及び、全人口の85%以上にあたる190万人が住まいを失う事態となっているという。さらにイスラエル政府は10月1日、レバノンへの地上侵攻を開始した。
日本は一連の事件で米国に追随してきたが、米国ではイスラエル政府支持を表明するキリスト教団体の力が強く、その意向が政治に反映されている。そうした団体の根底には、クリスチャン・シオニズムやディスペンセーション神学が流れている。神がアブラハムに約束したとおり、未来永劫その地はイスラエルのものだという考えや、さまざまなバリエーションがあるものの、イスラエルが再興する時に携挙が起こり、救世主が現れるといった神学的立場である。日本でも同様の考えに立ち、イスラエル政府の方針を擁護するキリスト者たちが少なくない。ジェノサイドが続く世界からの「声」の中に、主のうめきの「声」を聞くことはできるのか。信仰の真価が問われている。
【693円(本体630円+税)】
【岩波書店】978-4002710969