【書評】 『増補改訂版 日本キリスト教宣教史:ザビエル以前から今日まで』 中村 敏

 2009年の刊行以来、神学校でテキストとして使われてきた『日本キリスト教宣教史:ザビエル以前から今日まで』の増補改訂版が出版された。旧版に2023年までの出来事と著者の総括が新たに補填されている。

 本書が他の日本キリスト教史の書籍と異なるのは、「ザビエル以前から」とあるように、ザビエル以前にキリスト教が伝わった可能性について頁を割いていることであろう。これは従来、一般的なキリスト教史では扱われてこなかったテーマである。具体的には、秦氏や聖徳太子、景教、空海、日ユ同祖論等である。この種の言説を一つひとつ取り上げ説明した上で、「その歴史的根拠は十分とは言え」ないと述べている。こうした内容に興味を持つ神学生も多いので、本書で扱われていること自体に意義がある。

 ただし、第一部「ザビエル前史」のまとめとして、「とにかく、福音の核心部分とまでは言えないとしても、キリスト教の影響は様々なルートや手段を通して、日本人の精神史の及んでいる可能性が考えられる。いわば『秘められた地下水』のような形で日本の精神史の中を流れてきて、ザビエルの来日に至って再び地表に現れてきたとも言えるのではないか」と書かれており、「可能性がある」方向に若干傾いているように読める。読者によっては「ザビエル以前にキリスト教が伝えられ、それが呼び水になってその後、日本人がキリスト教を信じたのだ」と受け止めてしまうだろう。「可能性がある」とテキストで示唆されていることで、神学生がそうした言説を信じ、後には牧師として宣べ伝えるかもしれない。だが、果たしてそれは「福音」といえるのか。その点は厳密に考える必要がある。

 また、第一部で注に挙げられている書籍の中には、大学を中退し、論文博士でもないにもかかわらず、「博士」として活動をしている牧師の著作も含まれている。正式な学位授与機関から「博士」学位を授与されていなければ、「博士」を名乗ること自体が法令違反である。本書で参照されることで、そうした著作にお墨付きを与えていることは否定できない。

 第二部ではカトリック教会による日本宣教が解説されている。一次資料のほか、五野井隆史、松田毅一、海老沢有道といったキリシタン研究の大家の書籍を土台に、手堅く記述されている。しかし、唯一そうした先行研究から外れて執筆された、著者自身が「何度か訪れた潜伏キリシタンの里、越後の松之山」に関しては、異議を呈さないわけにはいかない。ここで参照されているのは、藤田公道氏の『蘇るマリア観音』であるが、その書には立教大学元総長を名乗る「高田茂」という人物が松之山にある寺院を訪れて、日本でも指折りの素晴らしいマリア観音がこの寺にあると告げるシーンがドラマチックに描かれている。だが、歴代の立教大学総長(または学長)の中に「高田茂」は存在しないと立教学院史資料センターが回答している。つまり「高田茂」氏には経歴詐称の疑いがあるのだ。そうであれば、「高田茂」氏による「マリア観音」の発見や、「隠れキリシタンの村」であるという話もまた疑わしいということになる。「高田茂」氏に関して、同センターに一度問い合わせるか、ウェブサイトで立教学院の歴代首脳者が公開されているので確認してはどうだろうか。

 増補改訂となるにあたってカバー写真が変わり、今回は天草・﨑津教会の尖塔が表紙に選ばれた。2018年、日本でキリスト教に関連した世界文化遺産が誕生したことは快挙であり、著者も潜伏キリシタンに強い関心を抱いてこの写真を選んだものと思われる。しかし本書で潜伏キリシタンの「具体例」として挙げられているのは松之山と五島だけである。

 以上は、旧版からそのまま引き継がれた部分であり、「好評」であった旧版部分に関しては特段の問題がない限り改訂はされなかったのかもしれない。

 今回増補されたのは、第四部「プロテスタント教会による日本宣教(戦後から今日まで)」の7章と8章である。東日本大震災と原発事故、安倍政権下での政治の右傾化、新型コロナウイルス、菅政権、岸田政権、ウクライナ戦争、旧統一教会問題等、目まぐるしく変転した社会の様子をキリスト教の視点から記述し、コメントしている。また、「日本のプロテスタント教会の状況」を概観し、フリー聖餐、LGBTQ+、2030年問題にも言及。8章の最後は「イスラエルとハマスの戦争と日本の教会」となっている。こうした問題につき歴史的背景と現状の両方を説明した上で、以下のように述べられている。

 「二〇二三年十二月三十日、日本福音同盟(JEA)は『イスラエルとハマスの紛争に関する声明』を発表した。それによると、紛争の発端となったハマスによる十月七日の大規模な奇襲攻撃について、『(ガザ地区の)日常的な封鎖と攻撃に対する我慢の限界であり、イスラエルとサウジアラビアの歴史的な和平合意に対する反発だ』と言及した。しかしそれでも、『ハマスの残虐な行為を決して容認することはできません』と批判した。また、『ハマスが多数の人質を奪ったことも許されることではありません』と述べ、多くの市民や外国人を含む約一二○○人を殺害し、二四○人以上を人質として拉致したハマスの行為を糾弾した。一方、 ハマスの奇襲攻撃を受け、イスラエルがガザ地区に対して行っている報復攻撃については、『『自衛』の範疇を著しく逸脱するものです』と指摘している。『日常的に住民の自由と人間の尊厳を奪う占領は、武器を使う暴力とはかたちも質も違いますが、暴力だといえます。また、病院などの空爆は国際人道法違反であり、蛮行といわざるを得ません』と厳しく批判した。

 なお、日本のキリスト者の中には、その教理的な立場から、イスラエルを強固に支持する人々もいて、今回の戦争においてもイスラエルを擁護する立場を表明している」(第8章「天皇の代替わり、新型コロナ、ウクライナ戦争」)

 歴史は、現代に近づくほど客観視しにくく、出来事や事件の結果が現れていないこともあって記述するのが難しい。しかしそのような困難な事業に果敢に挑戦して、近々の状況、特にキリスト教会が置かれている状況を細大漏らさず要説している。巻末の年表も更新された。その労にまず尊敬の念が浮かぶ。

【4,840円(本体4,400円+税)】
【いのちのことば社】978-4264044840

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