【書評】 『ちりめん本 海を渡った日本昔ばなし』 尾崎るみ 監修/浜名那奈 訳

 「ちりめん本」とは、明治時代に海外で人気を博した日本昔ばなしの絵本。縦、横、斜めに細かい皺が寄った、まるで絹織物のちりめんのような和紙の上に、挿絵は木版、欧文の本文は活版で印刷した小型の和綴じ本で、見た目や手触りがちりめんに似ていることからこの名が付いた。柔らかく繊細なこの紙は英語で「クレープ・ペーパー(crepe paper)」、本は「クレープ・ペーパー・ブックス」と呼ばれ、外国人が主にお土産として購入した。本書では、当時出版された「桃太郎」「舌切雀」「猿蟹合戦」など10作品をカラーで収録。人気絵師によるかわいい木版挿絵とあわせて、絵本の日本語訳、コラムとメモで関連情報を解説し、明治の人々を惹きつけたちりめん本の魅力を存分に紹介する。監修とコラム・メモの執筆は、長年ちりめん本を研究してきた尾崎るみ氏。

 ちりめん本の考案者は、東京で出版業を営んでいた長谷川武次郎。武次郎は、まだキリスト教に対する邪教視が強かった明治初期に、夫婦そろって宣教師タムソンから受洗した。そのため、ちりめん本の初期の翻訳者にはタムソンら宣教師の名が並ぶ。日本人クリスチャンと宣教師の文化交流とコラボが、ちりめん本誕生の背景にあるのだ。

 「長谷川武次郎のちりめん本出版活動には、実に多くの在日外国人の知識人が協力しました。英米人のほか、フランス人、ドイツ人、スペイン人などさまざまな国籍の翻訳者を動員し、ちりめん本『日本昔噺』シリーズは最終的に10か国語に翻訳されました。『桃太郎』『舌切雀』『猿蟹合戦』『花咲爺』『勝々山』『鼠嫁入』の6作品を英訳したデイビッド・タムソン(David Thompson, 1835~1915)は、1863(文久3)年に来日したアメリカ長老派宣教師で、1880(明治13)年12月に武次郎に洗礼を授けた人物です。……『瘤取』を英訳したのは、1859(安政6)年に来日し、ヘボン式ローマ字の考案や和英辞書の編纂、聖書翻訳などで有名なアメリカ長老派宣教医のジェイムス・カーティス・ヘボン (James Curtis Hepburn,1815~191)です。『瘤取』のこぶを巡る顛末が医師のヘボンには特に興味深く感じられたのかもしれません」(コラム2 素晴らしい翻訳者たちの協力)

 ちりめん本のもう一つの魅力は、美しい挿絵にある。浮世絵を通して進化を遂げた多色刷木版画の印刷技術がちりめん本にはふんだんに使われている。本書収録の10編のうち8編の挿絵は、12歳で狩野派宗家に入門した小林永濯(えいたく)の作。伝統的な図様を踏襲しながらも躍動感や臨場感を表現する工夫がされている。『鼠嫁入』など2編は、菊池容斎門下にあった鈴木華邨(かそん)が手掛けた。『鼠嫁入』では結婚式に至るまでのシーンがていねいに描き出されている。昔ばなしの中の少々怖いシーンも、不気味な雰囲気を漂わせながらも楽しげに描かれており、物語の世界観を絶妙に表現している。さらにこうした細かい線と図案を正確に彫り、紙の上に摺った、彫師や摺師の腕前たるや、現代から見ても驚嘆に値する。どうせなら最高のものを作ろうという職人の心意気が伝わってくるようだ。

 少し湿ったような、優しい感触が手にした人の心をつかんだという、ちりめん本。100年以上も前のものなのに、なぜか新しく、どこか懐かしい。海を渡ったちりめん本は、「日本」を伝える外交使節として各国の人々を笑顔にしたことだろう。まずはその魅力を知ることから始めたい。

【2,750円(本体2,500円+税)】
【東京美術】978-4808713331

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