【書評】 『関西の隠れキリシタン発見 茨木山間部の信仰と遺物を追って』 マルタン・ノゲラ・ラモス、平岡隆二 編

「信徒発見」といえば、1865年3月17日、長崎の大浦天主堂で起こったものが有名だが、実は、19世紀後半にフランス人宣教師がキリシタンの子孫たちを発見した事例は、今村や善長谷でも見られた。これらはみな長崎県で起こったことであったが、関西圏でも同様の「信徒発見」があったことは、これまで知られてこなかった。その出会いがあったのは、大阪府茨木市北部に位置する千提寺(せんだいじ)。千提寺は教科書に載っている「聖フランシスコ・ザビエル像」などが密かに伝えられてきた村であるが、それらの遺物が大正期に発見される前に、パリ外国宣教会(MEP)の宣教師マラン・プレシが1879(明治12)年に、潜伏キリシタンの子孫を発見していたのである。本書は、それを明らかにしたマルタン・ノゲラ・ラモス氏の論考を中心に、関連する問題を扱う平岡隆二・桑野梓・高木博志各氏の論考とで構成された論文集である。
「近代までキリシタン仰が継承されたことが確認される地域は、九州以外では、その近隣の下音羽で発見された遺物の多さと重要性は、キリシタン史を語るうえで欠くことのできない価値を持っている。その一方で、茨木キリシタンの全体像を、専門的な研究の成果を踏まえたうえで、一般の読者に向けて紹介した書物は、思いのほか少ない。近年は、世界遺産登録の影響もあってか、九州各地のキリシタンにまつわる書物の出版は盛んであるが、茨木を中心に取り上げたものはほとんど見られない。……
そうした現状を踏まえ、本書では、茨木へのキリスト教の伝来から、禁教下の潜伏を経て、明治期の信徒発見、そして大正期の遺物発見へといたる大きな流れをつかむことができるよう、計四つの章を設定し、それぞれが対象とする時代・人物・遺物等について平易な文章で執筆することを旨とした。読者はこの一冊を読むことで、茨木キリシタンの全体像を、典拠となる文献等の情報とともに、バランスよく学ぶことができるだろう」(はじめに)
第一章の平岡隆二「茨木へのキリスト教伝来――その由来と展開」では、16世紀の茨木にどのようにしてキリスト教が伝来し、継承されるに至ったかが、史料に即して記述されている。また、近世期の信仰を伝える重要な遺物である、キリシタン墓と墓碑についても解説する。さらに、千提寺に伝わったとされるオラショ「アヴェ・マリアの祈り」(天使祝詞)が、キリシタン版『どちりなきりしたん』とほとんど同一であることを確認し、次のようにしめくくっている。
「プレシによる茨木の信徒発見は、従来大正期の発見とされてきたものを約四〇年前にさかのぼらせるだけでなく、これまで大浦天主堂での『信徒発見』だけが強調される傾向にあった近代日本とキリスト数との再会についても、新たな歴史的視座を提供するものである。この視座から展望するもう一つの『信徒発見』の物語は、洋の東西や文化の差異を超えた人々の交流の歴史を掘り起こし、その多様なあり方への理解を深めていくためにも、今後重要な手がかりとなるにちがいない」
第二章のマルタン・ノゲラ・ラモス「パリ外国宣教会の『古キリシタン』探索――マラン・プレシ神父の千提寺村発見を中心に」では、ラモス氏が発見したマラン・プレシの書簡から当時の状況を再構成するとともに、約3年間続いた古キリシタンとプレシの交流を検討する。MEPの布教戦略や各宣教師の思惑、プレシのパーソナリティに至るまで詳細に考察されている。どうやらプレシはMEP内でトラブルメーカーであったようで、彼の古キリシタンとの交流もうまくいかなかった。それもあって遺物発見より40年も前の「信徒発見」は人々の記憶から抜け落ちていってしまったようである。しかし意外にも社交的な面も持ち合わせていたプレシは、大阪から高知に転属になると、そこで民権運動家や政治家たちと交わった。実際に会ったかどうかは分からないが、プレシの書簡には板垣退助がしばしば登場し、谷干城(たに・たてき)とは親しく交際した。この論文では、高知におけるプレシの行動について詳しく述べられているが、謝辞に、岸本恵美教授(大阪大学)とともに、谷干城と高知の近代史の専門家である小林和幸教授(青山学院大学)と筒井秀一館長(高知市自由民権記念館)の名が挙げられている。
第三章「茨木キリシタン遺物からみる「発見」とその後」では桑野梓氏が、1920(大正9)年以降、千提寺・下音羽地区でつぎつぎと発見されたキリシタン遺物を紹介しつつ、発見の経緯やその後の動向を記述する。
第四章「大正期の文化・学術と茨木キリシタン遺物の発見」では高木博志氏が、大正期のキリシタン遺物発見を契機に社会に巻き起こった「キリシタン」や「南蛮」に対する強い関心を読み解く。南蛮ブームは20世紀日本帝国の「海外雄飛」を、大航海時代の過去に投影する物語でもあったという。
本書の付録には、マラン・プレシの5通の書簡が翻訳の上、解題と注が付けられている。一般の読者に向けて、既知の研究成果から最新の情報まで網羅的に紹介する内容でありながら、同時に学術研究にも応える1冊となっている。
【2,860円(本体2,600円+税)】
【人文書院】978-4409520963