【書評】 『つくられる子どもの性差:「女脳」「男脳」は存在しない』 森口佑介

「女性は理数系が苦手だ」「男はいくつになっても子どもだ」など、性差に基づく偏見は多い。「女性ならではの配慮」「男らしい態度」といった、褒めたつもりの言葉にもアンコンシャス・バイアスが潜んでいる。子どもを持つ親同士の会話では「女の子は大人しくていいわね。うちは男だからたいへんで」「男児って想像もつかないようなおバカなことするよね」「やっぱり女の子は成長が早いね」などの言葉が日常的に交わされている。子どもはそうした親や周囲の大人の言葉や態度から影響を受け、自然と「男(女)の子らしさ」を刷り込まれていく。だが、そもそも性差によって、心や脳に違いが生じるのだろうか。発達認知神経科学、発達心理学を専門とする著者が、心や脳の性差に関する最新の研究成果に基づいて、子どもの性差がつくられるものであることを解説する。
「そもそも性差があるとはどういう意味でしょうか。英語では、性を表す言葉としてセックスとジェンダーがあります。セックスとは、主に生物学的特徴から女性や男性を定義することです。最近は定義がそう単純ではありませんが、たとえば、性に関する染色体の違い(女性はXX、男性はXYというやつです)や生殖器の違い(卵巣、睾丸)などの特徴が含まれます。
一方、ジェンダーとは、ある社会が女性や男性にふさわしいと考える役割や行動に関するもので、『女らしさ』とか、『男らしさ』などと関係します。こちらは、生物学的なものというよりは、社会や文化によってつくられるものです。
本書では、主にセックスに近い意味での性差について考えていきますが、一部ジェンダー的な意味でも使っていきます。また、心に関する性差という意味で使っていきます。
実は、心理学では、セックスの意味での性差は古い問題とされ、現在はジェンダーがより中心的なテーマになっています。生物学的に女性であっても男性を自認する人も少なくありませんし、生物学的に男性であっても女性を自認する方もいます。そうした性自認や性的指向(性的魅力を感じる性別)は必ずしも生物学的な性別には一致しないことから、生物学的な性差だけに目を向けることがどれだけ意味があるのかと思う方もいるかもしれません。
ですが、冒頭に書いたような会話は現代でもいたるところで見られます。古い問題とされているにもかかわらず、十分な検討がなされていないように思えます。セックスの意味での性差からしっかりと考えていく必要があると思うのです」(「はじめに」)
本書の第1章では、大人の「心や脳の性差」を扱い、空間認知、言語、攻撃性、学力についての研究を取り上げる。第2~7章では子どもの性差とそれに関わる要因を紹介。そして第8章で、わずかに性差があるような行動や能力が、いかに大人の誤った信念や無意識の行動によって生み出されているかについてみていく。以上をふまえて、まとめである第9章では、子どもの性差に大人がどのようなことができるかを考える。
「実は、研究者の間でも、脳の構造や機能に性差があるかは、未だに議論が続いている重要な研究テーマです。性差があると主張する研究者もいれば、ないという研究者もいます。
しかし、性差があると主張する研究者であっても、女性と男性を二分する考え方、つまり、女性であれば女性脳を持つ、男性であれば男性脳を持つという極端な考えはあまり支持されていません。つまり、多くの似非科学で主張されている『女性脳』『男性脳』が間違っている可能性が高いのです」(第1章「脳と心に性差はある?」)
2000年に出版されたアラン&バーバラ・ビーズ『話を聞かない男、地図が読めない女』が大ベストセラーになり、それ以降、「女脳」「男脳」などといった神話が社会に広まった。その結果、「浅薄な根拠しかない似非科学本が売れたり、YouTuberがさも科学的事実であるかのように誤った内容を紹介したりするような状況が続いています」と著者はいう。長年にわたる研究が出した結論として、空間認知はやや男性が得意であり、言語能力は一部において女性がほんの少し得意であるということが示されているが、性差が認められるのは、ほんの限られた課題や場面でのみ。また、平均的に性差があるといっても、当然すべての人に当てはまるわけではなく、それ以上に個人差の方が大きい。
子どもへの影響という面から考えるなら、教師が性別に対して偏った考えを持っていると、それを表明しようがしまいが、生徒の学力に影響があることが研究により明らかにされているという。とりわけ、教師が生徒の算数や数学に期待することには性別により違いがあり、その違いが子どもの算数・数学に対する態度や成績に影響を与える可能性があることが指摘されている。教師が「女子は数学が苦手」だと考えていると、それを口に出さなくても、女子生徒は数学に苦手意識を持ちやすくなり、数学の成績が悪くなってしまうという研究結果が報告されている。性差による行動や能力の小さな違いが、親や教師の態度、教育、社会的な期待、ジェンダーステレオタイプなど様々な要因によって増幅され、明確な性役割があるかのように、社会にも本人にも認識されていくのである。
「これが、小さくても初期の心の性差を軽視してはいけない理由です。ちょっとした性差を、無意識のかかわりで大人や社会が増幅し、気づいたときには子どもたちの進路や職業選択に影響を及ぼしてしまっているのです。
さらに言えば、大人が持つジェンダーステレオタイプを知らず知らずのうちに子どもたちが取り入れて内面化し、その結果として自分の行動を変化させてしまうこともあります」(第8章「心の性差はつくられる?」)
つまり、大人や社会ジェンダーに関するステレオタイプな考え方を持っていると、それが子どもの中に取り入れられ、子どもは自分自身の考えだと思うようになり、やがてそれに一致するような行動を取るようになっていくということだ。著者は「いずれの経路であっても、子どもの心の性差が、大人によってつくられている可能性があります。このため、大人の持つ思い込みを変化させることが重要だということになります」と、本書をしめくくる。
我々は人の行動や能力の原因を、とかく性別に求めがちだ。ジェンダーに関する知識や意識が浸透してきた現代においては、「女性(男性)だから」という言葉を公に発信しようものなら、炎上は必至である。だから言葉を慎み、ジェンダー理解を深めようとする。しかし子育てや教育、お稽古などの現場では、いまだ偏った認識が保たれたままである。大人として、まずは自らを省みたい。
【946円(本体860円+税)】
【光文社】978-4334104740