【書評】 『イン・ザ・メガチャーチ』 朝井リョウ

 代表作『桐島、部活やめるってよ』『何者』『正欲』などで知られる直木賞作家・朝井リョウの新作が、「メガチャーチ」(礼拝出席2000人以上の大規模教会)を題材にしているのだ。帯には「神がいないこの国で人を操るには、〝物語〟を使うのが一番いいんですよ。」との印象的な言葉が添えられている。

 舞台は教会ではなく、ファンダム経済――つまりアイドルの「推し活」。一見、宗教とは無縁に見えるが、「推しが尊い」「推しが生きる支え」「推しのためなら何でもできる」といった文面の「推し」を「キリスト」に置き換えれば、驚くほど重なる。ファンダムを教会に見立てるなら、熱心で献身的な信徒たちの集まりであり、「推し」を世に広める「布教」のために、お金や時間、エネルギーを惜しまない。自らの購買力や発信力、組織力が推しの成功を左右するため、熱狂的に身をささげる。その見返りとして、推しの成功を共に目指すという「物語」に生きがいを、ファンコミュニティの中に居場所を見出していく。

 本作は、アイドルを売り出す運営側の中年男性、生きづらさから推し活にのめりこむ女子大生、推し活の果てに陰謀論やカルトに傾倒する非正規雇用の女性という3人の登場人物を中心に、現代の人々が何を信じ、何に動かされているのかを描く。2025年の空気を閉じ込めた「標本」として読むこともできる。

 特筆すべきは、ファンダムを動かし利用する「推させる側」の視点が描かれる点だ。教会に置き換えるならば、牧師や役員会にあたる。第7章や第10章では、いかに人を動かし、利用し、利益を上げるかという戦略が淡々と語られ、その手法はメガチャーチの牧師たちの著書を思わせる。圧巻は第11章で、メガチャーチが人を集める手法と、推し活に夢中になるあまり一線を越えていく主人公の姿が重なり、恐ろしさと切なさに胸が締め付けられる。

 タイトルとは裏腹に、作中に教会の場面は登場しない。しかし、そこには確かに教会の姿がある。宗教、戦争、選挙など、極端なプロパガンダが受け入れられ、人々が操作されていく現代社会の姿と重なって見える。朝井作品の魅力である「多声性」は本作でも健在であり、複数の立場や声が交錯し、読者の視野を広げ、硬直した思考を揺さぶる。『正欲』の帯にあった「読む前の自分には戻れない」というコピーは、本作にもそのまま当てはまる。

 推すことで視野を狭めなければ生きていけない現実、そして教会ではなく推し活こそが多くの人にとって支えや力になっているという現実。「推し活は逃避であり、信仰こそが本質」といった単純な理解には導かない。むしろ、「教会というファンダム」は内部の人を搾取し、束縛し、支配し、生き方を狂わせてはいないか。外部の人への差別や排除、攻撃につながってはいないかと問いかける。

 私たちが信じ、生きるべき「物語」は、イエス・キリストが身をもって示した「良き知らせ」である。教会は、宗教団体や伝統や牧師の物語ではなく、キリストの福音にこそ生き、悩み、考え、自らを省みる共同体でありたい。

(評者・井本祐介=日本福音キリスト教会連合おざく台キリスト教会)

【2,200円(本体2,000円+税)】
【日本経済新聞出版】978-4296121045

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