【書評】 『「反戦主義者なる事通告申上げます」』 森永 玲
反軍唱えて拘禁された結核医の軌跡を追う
「平素所信の自身の立場を明白に致すべきを感じ茲に拙者が反戦主義者なる事及軍務を拒絶する旨通告申上げます」。反軍を唱えた結核医・末永敏事が自ら述べたと確認できるのは、これに尽きる。それ以外のものは、伝聞であったり、状況証拠でしかない。しかもそれらも、世に出ることはなかった。
著者「長崎新聞」編集局長・森永玲にとって、地元「長崎医専」(後身の長崎医科大は1945年の原爆で壊滅)出身で、結核研究の第一人者の末永が、キリスト教思想家で「無教会主義」を打ち出し、「非戦」を盛んに説いていた内村鑑三の影響を受けてか、公然と反軍を唱え、拘禁され、そのまま世に知られずに終わったことを知ったのは、まったく偶然だった。
「敏事の遠縁にあたる末永仁さんたちが長崎新聞社を訪ねて来たのは2016年1月。長崎新聞もそれまで一度として彼を記事にした事はなかった。だから、末永さんらに応対した筆者は当初、事情を飲み込めなかった。示された資料を読んで、これは重要な人物かもしれないと感じた。でもあまりに昔の話だと思い逡巡した」という。
「生きていたことぐらいは記録したい」と言う末永さんの言葉に、なるほどその通りだと同意。そこで、今ある材料の裏付けが取れるかどうかという作業まではやってみることにした、と森永。
取材が進むにつれ、敏事はいわゆる「普通の市民」ではないと知って森永は当初の計画を変更し、ある信仰者の戦時下抵抗として描くことにした。だが宗教弾圧に限定して書くと、これも全体説明の欠落が生じる。そこで再び、治安維持法の出発点から語り始めてみることにした、と言う。
「共謀法」の成立施行が「治安維持法」の再来につながると、危機感を持って語られる今日、本書の登場は、平和を願い求める人、特にキリスト者に、切っ先鋭い刃を突きつけた感がある。
【本体1,500円+税】
【花伝社】978-4-76340-825-9