【書評】 『神を生み出す脳 「宗教認知科学」入門』 藤井修平

 「宗教認知科学は従来の宗教研究に比べ、進化生物学や認知科学、心理学などの最新の理論を取り入れて、実証的な手法によりその理論の検証を行う点に特徴がある」(本書25頁)

 著者は共著『宗教認知科学(CSR) 認知・心理・進化の視点から宗教を読み解く』(新曜社)において、宗教を扱う他の学問分野については次のように説明している。「宗教心理学は人々の宗教性の違いに関心をもち、この人はなぜ特定の宗教を信じるのか、信仰心をもっている人は思想や行動、健康等においていかなる変化があるかといった問いを扱う。人文・社会科学的な宗教研究も同様に、この宗教はなぜ広まったのかといった問いに対して、歴史的・社会的に解明を試みる」(同書7頁)

 つまり宗教認知科学は特定の宗教をサンプルに扱うことはあるが、むしろ人類が生物として進化し、今日のような認知構造を獲得したことに焦点を当て、人間はなぜ神を信じたり、宗教儀礼を行ったり、おまじないなど呪術的行為をしたりするのかという、全人類に共通して見られる営為を分析的に考察する研究分野なのである。

 本書では、偶然的な染みなどを顔と認識するパレイドリアや、矛盾しあう諸要素が生じた際に自分に都合のよい要素だけを取り上げようとする認知的不協和など、誰もが日常的に経験する認知構造から超常現象や神話の発生を説明する。アラ・ノレンザヤンが提唱するビッグ・ゴッド仮説の紹介も興味深い。これまでは、狩猟採集から農耕・牧畜生活に移行することにより、集住、財産の多寡、それにともなう権力の発生と都市文明の発達が起こり、そこで体系的宗教が誕生した、といった説明がなされてきた。

 しかしビッグ・ゴッド仮説においては、まず宗教が生じ、宗教による結びつき、すなわち神によって監視されているという信仰が、大人数においてもフリーライダーを生まない協働を可能にし、そのことが都市文明を発達させたという説をとる。現代であれば司法や警察、監視カメラなどの働きに相当するものを、古代の宗教すなわち神仏のまなざしが担った、という比喩も興味深い。ビッグ・ゴッド仮説への反証も含め、宗教認知科学の議論はますます活況を呈しているとのことである。

 一方で、著者は陰謀論から「推し活」に至るまで、無宗教と言われがちな日本人のさまざまな活動にも宗教的要素を見出す。確かにキリスト教の教会のような、組織だった宗教から距離を置く日本人は少なくない。だが、占いやパワースポットなどへの人気は衰えを知らず、「推し活」はますますの盛り上がりを見せている。さらに、「推し活」の宗教性について「推される側の意図に従う」(253頁)ことがもつ危うさを取り上げ、陰謀論などとの親和性にも触れている。

 宗教認知科学は神の存在を証明したり、宗教を科学的に正当化したり、逆に宗教を一方的に否定したりする研究ではない。あなたや私が「神を信じる」時、脳で何が起こっているのか。そのことを多少なりとも宗教認知科学から学び、自覚してみることは、自らの信仰や思想・信条、日々の行動原理といったものを、より客観的に問う契機となるであろう。

(評者・沼田和也=日本基督教団王子北教会牧師)

【1,276円(本体1,160円+税)】
【早川書房】978-4153400597

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