【書評】 『交錯する宗教思想と「日本」 キリスト教・仏教・儒教』 西田彰一、藤本憲正編著

キリスト教をはじめとする諸宗教は、「日本」とどのように関わり、交渉してきたのだろうか。近世から近代にかけて、「日本」を媒介として、変容あるいは再編成されていった宗教的諸相を多角的に捉えようとする論集が編まれた。執筆者は、総論・論文・コラムを合わせて20名。二部構成になっており、第一部にはキリスト教、第二部には仏教と儒教に関する論考が収められている。
第一部の総論はフレデリック・クレインスと芦名定道が執筆している。芦名は、第一部の後半の多くが論究する「日本的キリスト教」について、「日本的キリスト教は、西欧世界の社会システムと緊密に結びつき西欧的な伝統の中心に位置してきたキリスト教を、近代日本の統合原理との緊密なつながりにおいて受容する試み」と定義する。さらに、こうした「日本的キリスト教」は二つの時期に分けて論じることができるとし、一つを明治期、もう一つを帝国日本の時代(1930年代から40年代)とする。
総論に続く第1章では、小俣ラポー日登美が日本二十六聖人列聖の過程を分析することで、「殉教」の国としての「日本」像がいかに誕生し、歴史的にどのように展開してきたのかをたどっている。
第2章では、洪伊杓が「海老名弾正の帝国神道的キリスト教」を論じる。海老名は牧師であったが、キリスト教のみならず、教派神道の黒住教や禊教に可能性を感じていた。
「海老名は晩年になる一九三〇年代の満洲国樹立を前後にし、黒住と井上の教派神道(黒住教・禊教)をキリスト教の精神と結合させることこそ日本帝国の国体に貢献する道だと考えた。実際、戦時下の植民地朝鮮において『禊』は日本的キリスト教への儀式として牧師の間で流行した。神社参拝強要が本格化した一九三〇~四〇年代における朝鮮のキリスト教の牧師の間でも拡散していった。倫理性の上に宗教性を重ねた帝国神道の著しい特徴である」
海老名による帝国神道的キリスト教の試みは、日本こそ「神の国」であるとの確信に基づいたものであった。
第3章では、本書の編者でもある西田彰一が、東京帝国大学法学部教授を務めた筧(かけひ)克彦の国体論がキリスト者に与えた影響や、国体論者とキリスト者の双方向的関係を考察している。
「国体論者であった筧克彦は自身キリスト教の博愛思想に共感を示し、海老名弾正の教えなどを参照しつつも、それを乗り越える思想、井上哲次郎の倫理的宗教としての神道を超える概念として、古神道、神ながらの道を説き、キリスト者たちも日本基督教を通して古神道、神ながらの道に導かれていくべきであるとしていた。
こうした筧の議論は、発表された一九一〇年代当時は、筧の神観念の曖昧さや、神道を遅れた宗教とみなす富永徳磨のようなキリスト者によって批判されたものの、一九三〇年代においては、その筧の思想は佐藤定吉や岸田軒造、山田益などのいわゆる日本的基督教論者たちによって受容され、彼らが日本的キリスト教を唱える際に、筧の思想を参照してこれを唱えるようになっている。
〔中略〕戦前の日本においては、日本的基督教をめぐって、知識人層によるこのような世代を超えた接合、影響関係が存在していたのであった」
第4章では、斎藤公太が渡瀬常吉(わたぜ・つねよし)の「日本神学」を検討する。渡瀬は「神道」の代わりに「天つ神の信念」という概念を用い、これを本質的にキリスト教と同一のものであると主張する。
「すなわち天之御中主神は『父』である世界の創造主に相当し、産霊神(高御産巣日神、神産巣日神)は歴史を導く『聖霊』に相当し、天照大神は『子』であるキリストに相当するとされる。渡瀬自身が述べているように、三位一体を天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神のいわゆる『造化三神』に配当する言説は丸山作楽の前例があったが、天照大神をキリストに当てはめた点が渡瀬の独自性であった(教・四八~四九)。その一つの根拠は、天照大神の岩戸隠れとその後の顕現が、キリストの処刑と復活に類似しているという点にある(教・五三~五五)」
ただし、渡瀬は、天照大神とキリストが歴史的事実の水準で同一の存在であると考えていたわけではない。両者は神話という次元で一致すると捉えられている。こうしたテクストの再検討を通して、斎藤は渡瀬の日本神学の特徴を3点挙げた上で、こう結んでいる。
「現代日本の我々は、こうした渡瀬のあり方からそれほど遠く離れた場所にいるのだろうか。いずれにしても、人は『自分が何をしているのかわからない』のだから」
第5章では、ハンス・キュング研究で知られる神学者の藤本憲正が魚木忠一(ただかず)の「日本基督教」を考察する。
「魚木の独特の神学的方法は、キリスト教思想史や教義史と対置される、キリスト教の『精神史』と、その一部を構成する『類型論』である。魚木は学生時代から歴史神学に関心を持ち、自らの専門分野に選んだ。とくにキリスト教思想史を終生探求し、教義・思想史から研究を始め、精神史へと視点を移り変えた。魚木の著書名にも示されるように、『思想』から『精神』や『類型』へと言葉を変え、キリスト教精神史という方法を構築することに専念した。また、日本『的』キリスト教ではなく、日本キリスト教と表現した。
魚木は、新島襄、および熊本バンドの海老名弾正、宮川経輝、小崎弘道を尊敬し、それぞれの評伝も執筆した」
魚木はキリスト教を六つの類型に分けて論じたが、その一つが日本類型である。実際には日本類型だけを本格的に論じた。魚木の日本類型という主張は日本的キリスト教の一例に含まれ、多くの問題点を抱えていることが指摘されている。しかし筆者は、「魚木の主張は、帝国主義的発想に絡めとられていたが、西洋のキリスト教を各地の視点から相対化して問い直し、その地域の文化・社会と宗教との関係を明らかにする初期の試みの一つという側面があった」と評価する。さらに、現代的に魚木の議論を読み替え、現代への先取り的な要素があったことを提示している。
第6章では、三野和惠が、日本植民地時代の台湾人キリスト者である周天来に着目し、その著作を分析している。周は1925年、明治学院神学部に予科特別生として入学。同校で日本キリスト教界のリーダーたちから講義を受けていた。
第一部のコラムでは、清水有子が「近世初期の日本から見たヨーロッパとキリスト教」と題して、「天竺と天道」「南蛮」といった語とそのイメージについて論じ、星野靖二が小崎弘道の実弟である小崎成章がハーバード大学の卒業式で行った演説を取り上げている。
第二部では「仏教と儒教にみる近世・近代の東アジア思想文化の交錯」として、末木文美士、伊東貴之、石原和、殷暁星、坂知尋、ブレニナ ユリア、守屋友江、李麗、山村奨、田中美彩都の論考が収められている。
本書の魅力は、「日本」と宗教との関係を、単なる受容や対立の歴史としてではなく、相互の影響と再編成の過程として描き出している点にある。特に、第一部では、「日本的キリスト教」をめぐる多様な思想的営為を、国体論や植民地という同時代的文脈の中で位置づけ直し、その複雑さを浮かび上がらせることに成功している。宗教とナショナリズムの結びつきを歴史的に検証することは、現代社会における宗教と国家、文化をめぐる問題を考える上でも示唆に富む。近世・近代日本の宗教思想史に新たな視座を提供してくれている一書である。
【5,500円(本体5,000円+税)】
【ミネルヴァ書房】978-4623100316















