【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 「母」にはならない キョウカイイエロー 2017年10月1日

 星野源の新曲が好きだ。歌詞もプロモーションビデオも性別や血のつながりを超えた家族を描いていて、しっくり来る。彼はラジオで自身の新曲に触れながら、相手に幸せであってほしいと願う気持ちがあれば、血がつながってなくても家族と思っていいんじゃないか、また、血がつながっていても家族と思わなくてもいいんじゃないだろうか、といったことを話していた。

 後者の発言に救われた人も多いと思うが、わたしは前者の発言に救われた。それは、わたしの親族には血のつながらない親子がいるからだ。彼らが親子になろうとした時、親族は皆反対した。でも、教会で血のつながらない親子や家族をいくつも見てきたわたしは背中を押した。

 彼らが親子になり、生活するのを近くで見ながら、この子がこれから傷つくことが出てきたら、と不安になることもあった。だからこそ、星野源の新曲の「血の色形も違うけれど」という歌詞や、彼のラジオなどでの発言はわたしの不安を優しく包み込んだ。彼の曲を聴くたびに、これを聴いた人が従来の家族を超えた多様な家族のあり方を受け入れていってくれたら、と願っている。

 子どもができて、わたし自身も家族観が変わった部分がある。以前のわたしは、「子どもができたら立派な母親になれるかもしれない」と、どこかで信じていた部分があった。わたしは家事が好きではない。誰かのためになら料理もするけれども、自分のためだけなら作らない。お皿洗いは特に嫌いで、食洗機を買ったほど。洗濯はたまにやるけど、洗濯物をたたむのもアイロンがけも苦手だから、それらはもっぱらパートナーの仕事。できるなら、朝から晩まで外で働いていたい。

 こういう発言を、男性がしたらとがめられることはないだろう。しかし、わたしは「女性だから」という理由だけでとがめられる。子どもができたら変わるかもしれないと思っていたのが、妊娠が分かってつわりがひどくなり、つわりが終わっても体がだるくて重くて、家の外ではしっかり働いても、家の中ではまったく家事ができなくなった。普段は心の奥底に潜ませていた「女性性」にとらわれて、わたしは立派な妻どころか母親にもなれないのだ、と思うようになっていった。

 そんな時に出合ったのが、山崎ナオコーラさんの『母ではなくて、親になる』という本だった。まずタイトルを見て救われた。この本は「優しくて、可愛い」連れ合いと不妊治療を乗り越え、妊娠した筆者のエッセイ。子どもができても自分らしくないことはしないと決め、妊娠中に「母ではなくて、親になろう」と決めた筆者の思いにわたしは心から共感した。

 子どもができても母親になる必要はない。子どもの親としてパートナーと協力し、子どもを育てていけばいいのだ。互いに父親らしさ、母親らしさを求めない。周りから何と言われようと、神さまから託された子どもの命を守ることを最優先にして育てていく。そして、子どもはわたしを選んで産まれてきたわけではないのだから、絶対に「牧師の子どもなんだから〇〇しなさい」というように、親の職業は押し付けない。従来の親や家族とは違うかもしれないが、わたしたちは子どもとパートナーの幸せを願う家族に変わりはない。

 神さまは教会の中だけにいるのではなく、時に歌や本を通して、わたしたちにメッセージを伝えてくれるのだとわたしは信じている。

 キョウカイイエロー、今日もイエス様のように心と視野を広く持ち、多様な家族、親、人々を受け入れていきます!

キョウカイイエロー
 
黄野美晴(きの・みはる) ノリがよく、歌やダンスが大好きなジャニヲタ系ミーハー牧師。実は男性アイドル好き の腐女子。聖書科教師も兼任。泣き虫 で浪費家。武器:ソーテール・シール ド(ウチワ型の盾)/必殺技:キュリ オス・ロゴス・フォース(ペンライト から光を発する)/弱点:イケメン。 熱しやすく冷めやすい。

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