【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 きっかけは相談にしっかりお応えできない絶望 福間玄猷 2026年6月1日

今のお寺に入寺以来、およそ30年。グリーフケアや子ども虐待ホットライン、発達障害、認知症介護などに関わる研修を受けた上で、お寺での面談や電話で「悩み事相談」を受けてきました。
男女や年代を問わず、相談内容はさまざまです。当初は「傾聴」に重点を置いていました。悩みごとを抱えた人にとって、安心できる場所で自分の思いを聞いてもらえることは、心を落ち着かせ、悩みごとを整理する点からも大切だと考えたからです。苦悩の原因が明らかになったり、自分をありのままに受け入れられるようになったり、今、自分にできることに気づくようになります。
しかし、長年の相談の中で、「傾聴」だけでは対応や改善が困難な事例も増えてきました。専門知識や専門機関に紹介する必要も出てきました。守秘義務がありますから、家族といえども受けた相談を語ることはできません。すると、ひとりでその相談を抱え込み、次回の来談時にはどんな関わりができるだろうかと、悶々と考え込むことも多くなりました。
その抱え込みによって、家族との関係やお寺の法務にも悪しき影響を及ぼすようになっていきました。そんな自身の限界と絶望を感じていた時に出会ったのが、「お寺と教会の親なきあと相談室」だったのです。

源光寺支部の催しで参加者らに語りかける筆者(2025年8月9日、広島県三次市)
そこで、先駆的な活動をされている先輩方にお目にかかり、「みんな何かしら悩みを抱えているのだ」「私だけじゃなかった」「その私にもできることがある」と気づかされ、私自身が大きな勇気をいただく経験となったのです。
行政や専門機関の相談窓口も、数多く開設されています。その中で、私たち「お寺と教会の親なきあと相談室」の特徴はどのようなところにあるでしょうか。
さらには、地域に根差すお寺と教会には、どんな共通点を見出すことができるでしょうか。顔なじみ、継続性、まぜこぜ、普遍性、利害・損得を超える、悩みを分かち合い支え合える――などが挙げられるでしょうか。
世代を超えて顔なじみになれる可能性が高いこと。一般企業や行政と比較すると、転勤や異動は少ないこと。宗教的なよりどころがあることで、世情が多少変化しても、変わらぬスタンスで関われること。長期的視野で相談者やその家族・地域をお互いに見守ることができること――などが思い浮かびます。
「傾聴」によって、相談者の不安が和らぎ、お寺や教会が新たな居場所と感じてもらえたなら、その人は「相談室」のアドバイザーに相談する勇気が湧いてくるでしょう。すぐに解決できないとしても、「相談室」に集う宗教者や仲間と出会えることで、「悩んでいいのだ」「私だけじゃなかった」「私にもできることがある」との発見が得られる。その発見は、明日を生きる力となり、子や孫への素晴らしい伝言として、実感を持って語られるようになるでしょう。
私は今後、地域の専門職の方々との連携も模索します。それは、専門職の方々の燃え尽きを防ぐことにも寄与するでしょうし、それが相談者への長期の支援が可能になる地域づくりへと、つながっていくと考えています。
ふくま・げんゆう 浄土真宗本願寺派布教使、源光寺第14代住職。お寺と教会の親なきあと相談室源光寺支部。「絵本のお坊さん」として、地元の小学校で読み聞かせボランティアを続ける。子育て支援やグリーフケアの研修も好評。
*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。
【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 お寺という優しい空間で家族の未来に伴走しはじめる 米倉久詠 2026年5月21日














