【映画評】 『マイ・サンシャイン』 すこやかなる、まことの王たち Ministry 2018年11月・第39号

 新進のトルコ人女性監督による、ロサンゼルス暴動に巻き込まれた一家を描く本作。一家といっても、主人公ミリーと暮らす子どもたちに血のつながりはない。家族と暮らせない事情を抱える子どもを引きとり、家族同然に育てる女性ミリーの慌ただしさ極まる日々。忙しないその日常がある日、丸ごと暴動の渦中へ投じられる混沌の様を映画は描く。

 主役ハル・ベリーやダニエル・クレイグと子役たちの熱演、暴動下LAの市街描写、小気味よい良い展開や軽快な音楽など、それらの美質をおいても真に素晴らしいと感じられるのは、1992年ロス暴動という世界史的事件を舞台としながら、主人公たちの視線から一貫してカメラを逸らさないその語り口だ。

 一家は貧しく、常に離散の危機にさらされる。彼らを結びつけるのはミリーの深い愛情だ。隣人のオビーは一家の騒々しさに不満を漏らしつつ、実は心優しく彼らを気遣っている。みな黒人でいつも賑やかな一家とは対照的に、オビーはいかにも白人低所得者層然とした粗暴な佇まいを纏っている。どの家に置かれたテレビの画面も、暴動の契機となったロドニー・キング暴行事件の経過を伝え続ける。このテレビ報道が若者を駆り立てる姿も描き込まれ、LA市中の不穏を含めたこれらすべてが、トランプ政権を生んだ今日の米国社会を暗示する。

 原題の「Kings」は、端的にはロドニー・キングとキング牧師を指すが、さらにはエルギュヴェン監督が学生時代を過ごした南アフリカのマンデラたちや、母国トルコの現強権下で抑圧される人々のメタファーでもある。映画という形式の虚構を逆手にとってリアリティの前提を視覚化し、個別特殊を突きつめることで普遍へ至るこうした表現の巧みさを、長編わずか2作目のこの監督が具えることは衝撃的だ。

 例えば貧しさゆえ子どもたちが万引きを企む場面など、是枝裕和監督作『万引き家族』の練熟を否応なく想起させる。社会規範と経済格差との現代的相克を象徴する身振りとして大資本チェーン店での窃盗行為が採られた点に、両監督に通底する鋭い問題意識が窺われよう。

 また、エルギュヴェン監督による2015年の長編デビュー作『裸足の季節』は、黒海沿岸の小村で因習に苦しむ少女たちを艶やかに映し出したが、フランスに足場を置くトルコ人監督という彼女の立ち位置は、同じ黒海沿岸が舞台の風刺作『トラブゾン狂騒曲』をもちドイツに暮らす名匠ファティ・アキンを彷彿とさせ、彼女の今後が大いに期待される。

 ロス暴動下の路上で子どもたちはテレビ取材を受けてはしゃぎ、投じた火炎瓶の焔に見惚れ、つかのま夢幻へ浸るような時間を味わう。騒動の一夜が明けた朝、幼すぎるため家に残された女児は眠たげにこうささやく。「みんなはテレビに出てたし、わたしは朝までバービーと遊べたの」 そうして映画は仄めかす。彼らこそ、真にこの世の王たちなのだと。(ライター 藤本徹)

 12月15日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、渋谷シネクイントほか全国ロードショー。

監督・脚本 デニズ・ガムゼ・エルギュヴェン/出演 ハル・ベリー、ダニエル・クレイグ、ラマー・ジョンソン/配給 ビターズ・エンド、パルコ
2017 年/ フランス・ベルギー/87 分/カラー
公式HP http://www.bitters.co.jp/MySunshine/

 

「Ministry」掲載号はこちら。

【Ministry】特集「信仰と暴力~『オウム事件』とは何だったのか」 39号(2018年11月)

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