【宗教リテラシー向上委員会】 ムスリムに「おもてなし」できるのか?(後編) 2019年9月11日
東京オリンピックの開催まで1年を切った。前回に引き続きオリンピックに向けた「ムスリム対応」をムスリムの視点から現場をレポートしていく。今回は食事対応について取り上げていきたいと思う。
数年前からムスリムへの食事対応として「ハラール」という言葉がマスコミで取り上げられるようになった。ハラールとはイスラム法において「神に許されたもの」を意味する言葉であるが、近年の日本では「ムスリムが食べられるもの」という意味で使われることが多いようだ。
マスコミでは「ムスリムが安心して食事をするためにハラールマークを取得しなくてはならない」という論調で報じることが多い。そのため、オリンピックに向けてハラールマークを取得する飲食店は年々増加している。
もちろん、コーランではアルコールや豚肉など食の禁忌についての記述があり、ムスリムは何でも自由に食べられるわけではない。だが一方で以下のような記載もある。
「あなたがたの口をついて出る偽りで、『これは合法(ハラール)だ、またこれは禁忌(ハラーム)です』と言ってはならない」(16:116)
上記の記載にあるように、ハラールか否かの判断をすることができるのは神様だけであり、人間が判断を下すことは許されていない。そのため「ハラールマークは冒涜行為だ」と主張するムスリムも少なくない。
あまり知られていないが、日本国内だけでも複数のハラールマークを発行するハラール認証団体が存在する。そしてすべての団体で認証の基準が違っている。ある団体では「アルコールは一切認めない」とする一方で、「アルコールも1%未満なら問題ない」とする団体までさまざまだ。また認証費用も数十万円から数百万となっており、さらに更新制度があるためハラールマークを取得し維持するための経済的コストも決して軽いものではない。
そもそも、ハラールマークを取得した飲食店のスタッフはハラールを理解しているのだろうか。私はハラールマークを取得している複数の店舗に足を運んでみた。取材の一環として、すべての店舗で「このハラールマークの基準は何ですか?」という質問を問いかけてみた。この質問の意図としては、先述したように団体によって基準がバラバラだからだ。すると、すべての店舗で接客してくれたスタッフは驚いた顔をし、「店長に確認して来ます」という対応をされた。店舗によっては店長や責任者でも把握できていないこともあり、なかには「企業秘密です」と言われる店まであった。もちろん基準が企業秘密ということは本来はないだろう。
また、ハラール対応をするために料理の質が明らかに落ちたり、値段が割高になる店が多いことも問題だと感じた。もちろんハラールマークを維持するためのコストが必要なことは理解できる。しかし、わざわざ低品質で割高な料理を食べる人は多くはないだろう。
ムスリムも食事をする時は日本人と同じ、美味しいものを安く食べたいのだ。これは宗教に関係なく、人間が共通して持つ基本的な欲求だろう。決して「ハラールマークのあるメニューだからムスリムは喜んで食べる」というわけではない。
オリンピックに向けて「ハラール」が叫ばれるあまり、飲食サービスの根本を見落としてはいないだろうか。
ナセル永野(日本人ムスリム)
なせる・ながの 1984年、千葉県生まれ。大学・大学院とイスラム研究を行い2008年にイスラムへ入信。超宗教コミュニティラジオ「ピカステ」(http://pika.st)、宗教ワークショップグループ「WORKSHOPAID」(https://www.facebook.com/workshopaid)などの活動をとおして積極的に宗教間対話を行っている。