【宗教リテラシー向上委員会】 保存食あれこれ 山森みか 2020年7月1日
今イスラエルの店舗営業は徐々に通常に 戻りつつあるが、移動や入店人数の制限のためスーパーに買い出しに出かけるのが一苦労になってしまったこのコロナ禍の間、保存がきく食物について改めて考えてみる機会を得た。
まず今年の過越祭前に店から消えたのが卵であった。キリスト教の復活祭において、ゆで卵は復活、生命の象徴として飾り付けに用いられるアイテムとなっているが、同時期のユダヤ教の過越祭においても、ゆで卵は過越の夜の儀式的な食卓(セデルと呼ばれる)において、過越を想起するために欠かせないものの一つとされている。過越祭のゆで卵は、エルサレムの神殿が崩壊した後ユダヤ人が犠牲の動物を献げられなくなったことを受けて後代に付加されたと言われている。イースターエッグと過越のゆで卵の関係については、毎年この時期に新聞記事のトピックとなり私も興味津々で読むのだが、結論はいつも諸説あってよく分からないというところに落ち着くようだ。
卵がなくなって困るのは、過越の食卓に欠かせないからだけではない。1週間にわたる過越の期間中はパンやパスタをはじめ小麦粉製品を食べてはならず、店に売ってもいないので、使える食材が限られてくる。さらに今年はロックダウンで家族全員が毎食家で食べるため、手軽に調理できる卵の需要が増えた。あまりにも卵が不足したため、政府は卵の緊急輸入を決定。万が一余ったら政府が法定価格で買い上げると約束し、多くの卵が輸入されたらしい。
それでも過越が終わるまで品不足が続き、我が家の近所では裏庭で鶏を飼い始めた人がいた。私も常に冷蔵庫にある卵の数を気にする日々が続いたが、今は普通に流通している。卵はいわゆる保存食ではないが数週間は冷蔵保存がきくため、買い占めた人が多かったようだ。またこの時期は鶏にも過越のための食物制限が課され特別な餌を食べさせなければならず、品薄になったという報道もあった。
米や小麦粉は過越祭前には少し品薄になったが、すぐに回復した。この地域ではもともとレンズ豆やひよこ豆といった乾物の豆がふだんからよく使われるが、それらが品薄になることはなかった。とりわけゆでたひよこ豆のペーストは(ヘブライ語ではフムス、アラビア語ではホンムス)、映画『テルアビブ・オン・ファイア』で重要な意味を担ったほど、この地域ではポピュラーな食べ物である。また一晩水に浸したひよこ豆を砕いて香草と混ぜ、団子にして揚げたファラフェルもよく食べられる。近年は健康のため、揚げずにオーブンで焼くレシピも出回っている。
【映画】 伝統料理フムスの兆しかもす未来 『テルアビブ・オン・ファイア』 サメフ・ゾアビ監督インタビュー 2019年12月13日
レンズ豆は、創世記25章のヤコブとエサウの長子権の争いの物語で有名で、聖書時代から食されていたことがわかる。エサウはレンズ豆の煮物が食べたくて、自らの長子権を譲り渡したのであった。ひよこ豆のようにひと晩水に浸けなくても調理できるので重宝する。スープにするだけでなく、米と混ぜて炊いたものも美味である。
テヒナと呼ばれる練りごまも保存がきく。練りごまを水で溶いて塩やレモンで味をつけ、サラダにかけたりパンにつけたりするのである。家の近所の店の女主人と話した時、彼女はとにかく練りごまと小麦粉さえあれば何とかなると言い、私は米と少しの野菜があれば何とかなると言ったのが、それぞれが育った文化において常備しておくべき食材の違いを反映しており感慨深かった。今回のロックダウンでは、そのいずれの食材にも助けられた。
山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。授業がオンラインに切り替わり、画面に流れる学生からのコメント読み取り能力向上が課題。