【宗教リテラシー向上委員会】 忍び寄る「新使徒運動」の恐怖!?(2) 川島堅二 2022年2月1日
「新使徒運動」(New Apostolic Reformation)がこれまで日本社会で問題化してきたカルト宗教にはない特徴を有していることを前回述べた。それはこの運動が、これまでのカルト宗教のような輪郭のはっきりとした制度組織を持っていないという点であった。
オウム事件後の1990年代末に、宗教学者の井上順孝氏(國學院大学教授)は、「ハイパー宗教」という用語で、伝統的な倫理や規範にとらわれない無国籍な宗教運動が、グローバル化の進展と共に顕著になっていると指摘した。井上氏によれば、ネット上のハイパーテキストのように「世界のあらゆる宗教の素材を自由につないでいくことにためらいのない意識が芽生え、それを前提とした宗教があらわれつつある」といわれる(『若者と現代宗教』ちくま新書)。
「神社仏閣への油まき事件」「預言カフェ」「トランプ・カルト」など、一見何の関係もないと思われる事象に横断的に関わって現れるその神出鬼没さは、まさに「ハイパー宗教」と言えるかもしれない。
しかし他方「新使徒運動」は、明確な歴史的ルーツ、キリスト教的な背景をもっている。この点を理解しておくことも重要である。その一つが、チャールズ・フォックス・パーハム(1873~1929年)というアメリカ合衆国におけるペンテコステ派の創始者である。
病弱な幼少期、リウマチ熱に苦しむ学生時代を経て、奇跡的な神兪体験をした後に、教派に属さない独立のミニストリーからついには「回心、聖化、神的癒し、前千年王国説、そして異言によって証明されるとする聖霊の力」など、今日のペンテコステ派の基本的な神学を創始する。
以上は、アメリカ合衆国におけるペンテコステ派やカリスマ運動の事典項目に記述されているいわば公式のパーハム像だが、「新使徒運動」への彼の影響という観点から注目されるのは彼が推進した「霊的エリート人種」という独特の神学思想だ。
パーハムによれば、聖書時代のユダヤ人は三つのグループに分かれ、それぞれが「インド、日本、西ヨーロッパ」に渡り、それぞれの地で洗練された文化を発展させたという。すなわち「アングロサクソン人、ドイツ人、デーン人、スウェーデン人、ヒンズー教徒、そして日本人」は聖書時代のユダヤ人に連なる「霊的エリート人種」である。
これに対し聖書時代の「異邦人」や「異教徒」は、「フランス人、スペイン人、イタリア人、ギリシャ人、ロシア人、トルコ人など、形式主義で霊的でない人々」と「黒人、ネイティブアメリカン、マレー人、モンゴル人」など「最も不敬虔な人種」のルーツであるという(John Weaver ”The New Apostolic Reformation. History of a Modern Charismatic Movement”より)。
このようなパーハムの人種差別的な神学は、ペンテコステ派のアイデンティティに大きな影響を与え、その後、さまざまに形を変えて現れたといわれるが、さすがに今日の「新使徒運動」によって直接的な形で主張されることはない。しかし、その変種ともいうべき思想が「スピリチュアル・マッピング」(spiritual mapping )という考えである。
これは「サタン」に対して「霊的戦争」を行うために開発された手法で、「霊的」エリアが、地理的な領域の線に沿って識別されるとする。その目的は、キリスト教の数的成長を後押しすること。すなわち、この地球上には神によって「霊的」に祝福され、宣教が容易な地域と、「サタン」の力が強く働き宣教が困難な地域とが存在する。そのことを認識して戦略的に宣教すべきと考えるのである。日本の神社仏閣への「油まき事件」の背景にはこのような思想があったことが推測される。(つづく)
川島堅二(東北学院大学教授)
かわしま・けんじ 1958年東京生まれ。東京神学大学、東京大学大学院、ドイツ・キール大学で神学、宗教学を学ぶ。博士(文学)、日本基督教団正教師。10年間の牧会生活を経て、恵泉女学園大学教授・学長・法人理事、農村伝道神学校教師などを歴任。