日本キリスト教教育学会 第36回大会で「デジタル時代」の教育を模索 2024年6月6日

 「キリスト教教育の伝統と革新」を主題とする日本キリスト教教育学会第36回大会(森田喜基実行委員長)が5月31日、6月1日の両日、同志社大学今出川キャンパス(京都市上京区)で開催された。会場には全国から95人が集まり、キリスト教教育の現在と未来について議論が交わされた。

 初日の5月31日には、歴史的建造物である同志社礼拝堂で「キリスト教教育とカウンセリング」と題したフォーラムが行われた。保育現場の立場から渡邊恵梨佳氏(神戸海星女子学院大学講師)、中高教育の現場から土井直彦氏(関西学院千里国際キャンパスチャプレン)、大学教育の現場から才藤千津子氏(西南学院大学神学部長)が登壇し、それぞれ異なるライフステージにおいてキリスト教教育がどのように試行錯誤され実践されてきたかという事例の紹介や、実体験に基づく課題認識と展望について話した。

 渡邊氏は、「保育・幼児教育の場における多種多様な相談支援の機会」というテーマで発題。多様化する価値観の中、子どもたちへの心のケアには、注目が集まっている。渡邊氏は、キリスト教教育(保育)に関わる大事な視点として、子どもたちが〝もともと備わっている力〟を意味する〝レジリエンス〟という言葉を取り上げた。〝レジリエンス〟は、予期せぬ出来事に直面する際に適応する能力として用いられる傾向のある言葉である。キリスト教教育は、園児と宗教者との対話、相互の祈り、キリストや聖書の教えを通して、神から愛されていることの確信と安心とを得させ、その結果として、子どもの自己肯定感と密接な関わりを持つ〝レジリエンス〟を高めることに寄与していることを見逃してはならないと述べた。

 「中等教育校におけるチャプレンの役割――チーム支援の在り方を巡って」とのテーマで発題した土井氏。生徒に対して学校(及び教員)はどのように関わるべきかという問いは、時代共に変化してきた。現在は、一人ひとりの生徒の個別の課題を早期に発見し、解決へと導いてくための「チーム学校」という学校組織の在り方が示されている。「チーム学校」という概念では、教員のみならず地域の専門家と連携し、子どもの抱える課題に対して多面的な接点を持つことを求めている。さまざまな専門家が「チーム学校」の構成員となるが、その中においてチャプレンとは、子どもの「魂」にしてどのようなケアが行えるかが問われていると指摘した土井氏は、チャプレンとなる教師に対する神学教育においても、「牧会的配慮」に偏重している現状に警鐘を鳴らし、「教育的ケア」への知見を修得する必要があると訴えた。

 才藤氏は「ゆるやかな支援のネットワークの形成」というテーマのもと、高等教育機関の神学教育に関わる教員には、その行動が〝牧会〟であるという心構えが必要であると述べた上で、昨今、学生への支援のニーズが多様化していると紹介。その時代において〝牧会〟であるという認識を前提に、学生との関わりを講義に留まらせず、大学諸部門、家庭、地域、教会との連携を通して、教育環境の場を作り上げていくことの重要性を指摘した。中でも、教員が学生の抱える問題にどれだけ寄り添うことができるかという点に日々の「対話」が重要であるという。この「対話」とは、教員との一対一の関係のみを指し示すものではない。学生相談室のカウンセラー、学生の家族、地域と教会との連携を通じ、「学生が適切な時に、適切に〝助けて〟と言える環境」を整備していくことが求められると指摘した。

 3氏の発題の後、質疑応答の時間が設けられ、会場と発題者との間に活発な議論が行われた。フォーラムに続いて同大学のキャンパスツアー、大会参加者らによる情報交換会も持たれた。

 2日目の6月1日は午前に研究発表が行われ、三つの会場で計12人の発表者がキリスト教教育、保育について歴史的側面からの研究、保育の現場、また保育者の養成における実践の研究、さらに家庭、個人間の信仰教育の研究についての報告、発表を行い、それぞれに活発な質疑応答が交わされ、参加者がそれぞれの領域における新しい実践、知見、研究動向を知る機会となった。

 午後は「デジタル時代のキリスト教教育」とのテーマでシンポジウムが開催され、関谷直人(同志社大学神学部長)、吉岡恵生(日本基督教団高槻日吉台教会)、阿部扶早(元頌栄幼稚園園長)の3氏=写真下=が発題した。

 「デジタル時代の高等教育とキリスト教」とのテーマで発題した関谷氏は、神学教育、高等教育におけるIT技術の活用について、キリスト教史、また教育史におけるメディアの発展、変遷と教育の変化を概観しつつ、現代においてIT技術を神学教育に用いる利点を示しながらも、技術の発展が伝達されるべき内容に対して影響を及ぼしてしまうことがあることを論じた。また神学教育において、霊性や信仰については空間的な共同性によってのみ伝えうることがあること、それゆえに神学教育についてはIT技術を用いた教育、対面による教育の使い分けが必要であることを示した。

 続く吉岡氏は「教会でのキリスト教教育の立場から――教会におけるデジタルツールの活用例」と題して発言。教会が新たに向き合わされている「オンラインの世界」での宣教を考えるにあたり、人々が未踏の地と考えているところへも、イエスが先立って働かれていることを信じ、その働きに参与するという視点を持つこと。そこで隣人に、そしてイエスに出会いに行くという視点を持つことが大切であると提示した。また具体的なデジタル技術についても会堂内の聴覚支援機器、プロジェクターなどの活用、インターネットを通しての礼拝のオンライン配信、オンライン献金、オンライン参加者へのフォローアップシステム、ウェブページの活用などについての提案を示した。

 阿部氏は「フレーベル教育・自然とのかかわりを通して」とのテーマで発題。頌栄幼稚園における自らの幼児教育の経験を踏まえて、IT技術の革新により我々の生活環境が大きく変化したことを認めつつも、神が創造した自然とのふれあいの中で子どもたちが共感を育むことの重要性を改めて強調し、子どもたちが自然と関わることが子どもの感性と知性、全人格を育てることに適していること、デジタル時代にあっても失われることがあってはならないキリスト教教育の本質を語った。

 質疑応答では、オンライン空間と自然空間の相互作用の中で、情報伝達の広がりという点から、自然空間・リアルの側にさまざまな制約が課されるようになり、変質が生じてきている現実が論じられた。またデジタルであることが実体験の貧困をもたらすのではないかとの問いに対し阿部氏は、赤ちゃんがぐずる時、外に一緒に出ると泣き止んだことを引き合いに出し、人間が神、そして自然と一体化することが大事だと語った。

 大会実行委員長を務めた森田氏(同志社大学キリスト教文化センター准教授)は大会を総括して、「日本のキリスト教教育は今いろいろな面で岐路に立たされている。またAI時代に教育界全体が揺り動かされている今、変えられないものと変えるべきものを共に考える機会となった。一つひとつの課題に対してここで答えがすぐにでるものでもないが、キリスト教教育の過去・現在・未来について語り合うこの学会の活動は、単に研究成果の発表に留まらず、これからのキリスト教主義学校の力に、必ずなると感じされられた大会であった」と語った。

(報告=村山直樹、後宮嗣)

 

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