【宗教リテラシー向上委員会】 大学と市民をつなぐ場所 山森みか 2024年7月21日

 私が勤務しているテルアビブ大学には、大学の敷地内ではあるがゲートの外という位置に、エンティン広場(Entin Square) という場所がある。道路からゲートの間にあるこの広場は、目測で25m四方程度、平面部分とテラス状の階段で構成されている。私は長年この場所を通って通勤してきた。時々、仮設テント内での写真展示や政治的な青空集会が開かれていた。政治的メッセージが書かれた大きなポスターも貼られていた。足を止めて見ることもあったし、通り過ぎるだけのこともあった。だがうかつなことに私は、この中間的場所がもっている意味について、最近まで考えたことがなかったのである。

 テルアビブ大学にはいくつかのゲートがあり、それぞれ開いている時間帯が異なっている。24時間開いているゲートは一つだけで、どのゲートにも開いている時間帯は警備員がいる。構内に入るには身分証明書を見せることになっている。大学関係者でない場合は、手荷物検査を受けるよう指示されることが多い。構内には博物館などの公共施設もあるし、公開講演会や演奏会も開かれるため、セキュリティチェックを通れば、誰でも入構できる。セキュリティチェックの厳しさは、その時期の治安状態によって変わる。2002年にエルサレムのヘブライ大学カフェテリアで、多くの死傷者を出した爆破事件があった直後はたいへん厳しいチェック体制が取られていたが、最近はそうでもない。かといって近隣の一般市民が用もないのにふらっと散歩に入る、という雰囲気でもない。

「テロを支持する発言をした教員を解雇する法案」反対集会をエンティン広場で行う上級講師組合の人々

 私がこの広場について考えるきっかけとなったのは、「テルアビブ大学で親パレスチナデモ」という見出しのニュースだった。ちょうどアメリカの大学でのデモが大きなニュースになっていた時期で、まさかイスラエルの大学もそのような方向に行くのかというトーンであった。イスラエルの場合、反政府の声を上げる場所は、大々的に行われている「人質解放デモ」である。ネタニヤフ首相が自己保身のためハマスとの停戦交渉を引き延ばしていると考えられるので、即時の交渉合意とネタニヤフ退陣をそこで訴えるのである。親パレスチナデモはそれとは別種のもので規模も小さく、時には「反イスラエル」と受け取られるような過激な表現も用いられる。そのようなデモが大学であったのかと思ってよく読むと、ニュースにあったデモはエンティン広場で行われていた。

 調べてみるとこの広場の設計は、大学とその周辺を結んで一般の人々が活動に参加できる共有エリアを設けることを目的として為され、1992年に完成したという。当初の目的が具体的に何を想定していたのかは不明だが、最近では警察の許可が必要とされるような政治的デモは、大学の敷地内ではあるがキャンパスとは区切られたこの場所で行われるという仕組みを、この時私は初めて知った。確かにこうすれば、デモが過激化して治安維持活動が必要な状態になっても、大学構内に警察を入れる必要はない。その一方で「デモは大学で行われた」と言うことができる。デモの主催者や参加者は、大学関係者でも外部の人間でもあり得るが、それも明言する必要がない。大学内とも外とも言い得るこの曖昧な場所は、今日ではある意味誰にとっても都合のいい場所になっているのだった。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
 やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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