天理図書館「きりしたん版」一挙公開 世界的稀少資料から受容と排斥を読み解く 2026年6月6日

重要文化財を含むきりしたん資料の公開とシンポジウム「天理きりしたんシンポジウム きりしたんの受容と排除の歴史過程を考える――天理図書館所蔵貴重書の展示とともに」が5月30、31日の両日、天理大学(奈良県天理市)で行われた。本企画を担当した同大学教授の東馬場郁生さん=写真=に、天理大学が所蔵するきりしたん資料と今回のシンポジウムの意義、今後の計画について話を聞いた。
天理大学附属天理図書館(以下、天理図書館)が所蔵するきりしたん資料の中核を成すのは「きりしたん版」と呼ばれる、日本国内で活版印刷機を用いて印刷された出版物である。「きりしたん版」の印刷は、イエズス会による宣教が始まってから40年余り経った16世紀終盤から約20年間行われ、その間に約100種が出版されたこと知られている。その内容は、教理書(カテキズモ)、典礼書、辞書などだが、長きにわたるキリスト教禁令により、現存する「きりしたん版」の数は極めて少なく、確認されているのは、世界中で30余種、約90点に過ぎない。
天理図書館が所蔵するきりしたん版は、国字本6種8点(うち2点は断簡)を含む8種10点。国字本のすべてが国の重要文化財に指定されている。同図書館は、種類にして世界全体の約4分の1、国内に保存されているものでは半数近くのきりしたん版を所蔵していることになる。このうち『ばうちずもの授けやう』(天草、1593年頃か)など4点は、世界で天理図書館だけにしかない孤本。

田北耕也蒐集の潜伏キリシタン文書
こうした貴重資料は、ふだんは展示されておらず、画像のみ天理図書館内のパソコンで閲覧することができる。しかし今回の特別展示では、所蔵するすべてのきりしたん資料が公開された。さらに、きりしたん版だけでなくイエズス会日本書簡集(エヴォラ版)、妙貞問答(上巻)、『破吉利支丹』などの排耶書、田北耕也氏が蒐集した潜伏キリシタン文書も併せて展示した。
――天理教できりしたん資料を収集するようになった理由を教えてください。
東馬場 まず一つには、天理教の二代真柱(統率者。教祖・中山みきのひ孫にあたる)である中山正善氏の存在があります。氏は当図書館の創設者なのですが、東京帝国大学で姉崎正治から宗教史学を学び、その知見を様々に生かしました。ちょうど正善氏が姉崎氏に師事しているころ、姉崎氏は後に「キリシタン5部作」と呼ばれることになる本を執筆しているところでした。それで正善氏もきりしたんについてたくさん聞くようになり、興味を持ったようです。また、天理教の教えを布教していく際に、きりしたん時代のイエズス会の宣教が参考になると考えました。それから、きりしたんはご存じのように迫害を受けたのですが、天理教も戦時中に弾圧を受けました。そうした類似点が、きりしたんに対する関心の背景にあると思います。
――これほど多くの貴重な資料を所蔵していると、なぜ天理教はきりしたんにそこまで強い関心を持っているのだろうと思ってしまうのですが。
東馬場 実は天理図書館が所蔵する貴重資料は、きりしたん関係ばかりではなく多岐にわたるのです。何をもって貴重とするかという問題がありますが、例えば、国宝の『日本書紀神代巻 上下(吉田本)』など、天理図書館では国宝6点、重要文化財88点を所蔵しています。きりしたんのようなキリスト教関係だけでなく、仏教・神道など宗教関連の資料を多数所蔵していますし、『古今和歌集両序』といった文学関連の資料も蒐集・保存しています。きりしたん資料はその一部ですので、とりわけきりしたんに関心を払って集めたというよりは、すべて創設者の収書方針に則って集めたものです」
――創設者の収書方針とは?
東馬場 まず、天理教の教理への理解を深めるものを収集するという方針があります。そのために文学関連の書物を収集してきました。教祖は『おふでさき』を通して教えを伝えたのですが、これはすべて5・7・5・7・7で書かれています。だから俳諧や和歌など文学全般を収集の対象としたのです。次に、布教伝道の参考書として収集するという方針があります。それが、きりしたん版など宗教関連の書物を集めることにつながりました。そして、「オリジナルを収集する」という方針があります。正善氏は『おふでさき』を聖典として整えることに心血を注いだ方なのですが、オリジナルを確認することの大切さと、オリジナルに触れることで実感できることが多くあることに気づいて、原本(オリジナル)を集めるという方針を掲げたのです。その結果、貴重書コレクションが誕生したと言っても過言ではありません。国宝や重要文化財に指定されたものが多数に上るとお話ししましたが、すべて収集した後に指定を受けています。つまりオリジナルにこだわって集めたことで貴重書が所蔵され、それが後に国から文化財指定を受けることになったのです。
――今回は「きりしたん」シンポジウムですが、こちらでは平仮名で「きりしたん」と書きますよね。一般的には片仮名の「キリシタン」を使うことが多い気がします。これは東馬場さんのオリジナルでしょうか?
東馬場 いいえ。私のオリジナルではありません。初代図書館長の時から「きりしたん」の表記が使われてきて、私はそれについて理由と意義を説明してきただけです。この表記を使う最も大きな理由は、実際に当時の信徒が「きりしたん」と記しているからですね。「り」の字が漢字の「里」になっていることはありますが、基本的に平仮名の「きりしたん」です。信徒自身の『受容』という側面に焦点を当てるなら、その意義の面からもやはり「きりしたん」ということになります。

重要文化財に指定された「こんてむつすむん地」(1610年刊)
――東馬場さん自身がきりしたんに興味を持ったきっかけはどのようなものだったのですか?
東馬場 私はシカゴ大学の大学院で宗教学を専攻したのですが、宗教学の理論を検証するための事例としてきりしたんを取り上げました。従来は、キリスト教の視点に立った検討が多くて、宗教学の理論、例えば物質(マテリアル)論とか比較宗教学の理論、文化翻訳といった切り口で検討されることはほとんどなかったのです。そこで新しい視点からきりしたんを捉え直してみようと考えたわけです。もちろん天理図書館が多くのきりしたん資料を所蔵していることは知っていました。シカゴ大で修士課程を終えてから、バークレー神学大学院の博士課程に進み、博士論文で本格的にきりしたんを対象に据え、宗教学の立場から検討しました。だから、きりしたん関連で最初に書いたのは英語の論文でした。それまで宗教学の知見を生かした研究がなされていなかったので、私の研究のオリジナリティとなりました。
――東馬場さんは天理教の方だと聞いているのですが、きりしたんと天理教とでは違う面もありますよね? なぜきりしたんだったのでしょうか?
東馬場 もちろん違う面は多くありますが、研究者として私自身が宗教経験を持っていることで、対象に対して共感することがあります。例えば、信仰の故に迫害されたきりしたん達はどんなに辛かっただろうと思ったり。対象が何を感じているのか直観的に掴もうとする手法を、宗教現象学で「本質直観」とか「間主観性(inter-subjectivity)」というんですけど、その手法を使って共感的理解を試みることができます。またなぜ、きりしたんだったのかという質問ですが、まずアメリカの神学校でキリスト教関係を研究しようと考えていたこと、そして比較宗教の立場からきりしたんを考察しようという切り口を見つけたわけです。私は大学では英語を勉強して海外伝道部に所属していましたので、天理にあるきりしたん資料を使って研究することで、創設者の思いに応えることにもなるだろうと考えました。
――最後に、今後天理図書館所蔵のきりしたん資料をどのように活用していこうと考えているのか、計画などがあれば教えてください。
東馬場 私自身の具体的な計画は今のところ特にはないです。しかし今回のように研究者がオリジナルに触れられる機会をいただいたことで、参加された方々には是非研究に生かしてもらいたいと考えています。原本(オリジナル)だけが持つ「徳」があると、当図書館の創設者である二代真柱は言ったんですよね。古いものというのは、それが出現したときの苦労というか、時を超えてにじみ出るものがあると語っていました。そういうものに触れられる機会がこのたび提供された意義は大きいと感じています。
――ありがとうございました。
5月30日の展示会後、翌日にかけてはシンポジウム「天理きりしたんシンポジウム きりしたんの受容と排除の歴史過程を考える――天理図書館所蔵貴重書の展示とともに」が開かれ、12人の研究者が多角的にきりしたんを論じた。研究発表は1~3の分野に分かれ、研究発表1「天理図書館所蔵きりしたん版と排耶書――歴史学・史料学の視点から」では、竹山瞬太、トロヌ・カルラ、清水有子、研究発表2「きりしたん時代のことばと絵画――言語学・美術史学の視点から」では、中野遥、川口敦子、岸本恵実、児島由枝、研究発表3「キリスト教・きりしたんの受容と排斥――比較宗教文化論の視点から」では、松井咲環、森脇優紀、牧野元紀、狭間芳樹、川村信三の各氏が最新の研究成果を発表した。

特別展示を閲覧する来場者














