日基教団関東教区「宣教を考える集い」 ミナハサ教会との歴史とアジア学院の実践学ぶ 2026年7月27日

日本基督教団関東教区宣教部は7月20日、2026年度「宣教を考える集い」を日本基督教団大宮教会(埼玉県さいたま市)で開催した。「関東教区には豊かな働きがある!――ペンテコステがそこにも、ここにも!」をテーマに、大洗ナザレ教会、新大洗ベツレヘム教会、アジア学院の関係者を招き、多様な言葉と賛美による礼拝、二つの講演、交流の時を持った。
多言語による賛美礼拝に続き、原誠氏(日本基督教団高崎南教会牧師)=写真=が「ミナハサ福音キリスト教会と日本基督教団との歴史的かかわり」と題して講演。日本基督教団とインドネシア・ミナハサ福音キリスト教会(GMIM)は2018年に宣教協約を締結している。原氏は、大洗では1990年代以降、ミナハサ出身者らが教会を形成し、その端緒には、日本軍政期に日本人との間に生まれた日系インドネシア人とその子孫の来日があったと説明した。
ミナハサにおけるキリスト教の歴史は16世紀にさかのぼり、GMIMは1934年、オランダ植民地支配下で自治・独立教会となった。財産や財政、教会規則、神学教育などをインドネシアの教会自身が担う体制を整える途上で、日本の軍事占領を迎えたという。
日本が1942年から約3年半にわたりインドネシアを軍事占領すると、教会活動は停止され、地域によっては礼拝堂が閉鎖され、説教も禁じられた。教会事務所が出生や結婚、死亡などの住民管理を担っていたため、活動停止は地域社会にも大きな混乱をもたらした。
その後、日本基督教団から派遣された牧師らは軍属として軍政に組み込まれ、「メナド州基督教聯合会」を組織。日本の戦争目的に協力することを条件に教会活動を再開させ、日本語教育、皇居に向かう東方遥拝、神学校教育の日本化などを進めた。
一方、現地の証言には、派遣牧師によって礼拝が再開され、牧師や信徒が支えられたとの評価も残る。原氏は、軍政に協力した制度的責任と、戦時下で人々に仕えた牧会的働きが併存する複雑な歴史を示し、「自分の国の教会、自分の国の歴史を知ることで、他者を知る」ことの重要性を語った。
荒川朋子氏(アジア学院常務理事・前校長)は「アジア学院の設立と使命、取組み」をテーマに、「土からの平和」と題して講演。栃木県那須塩原市にある同学院は、1960年に日本基督教団農村伝道神学校に設けられた東南アジア農村指導者養成コースを源流とし、1973年に設立された。
荒川氏は、同学院が単に農業技術を教える学校ではなく、日本がアジアに与えた戦争被害と教会の戦争協力を悔い、贖罪の歩みを始める場として生まれたと説明した。現在はアジア、アフリカなどの農村から指導者を招き、共同生活と有機農業を通して学んでいる。2026年度は14カ国から22人が在籍し、これまでの卒業生は63カ国、1472人に上る。
学院では、食べ物を育て、収穫し、調理して分かち合い、残った有機物を土に返す一連の営みを「フードライフ」と呼ぶ。荒川氏は、対立する相手のためにも共に働き、同じ食卓を囲む日々が、関係を修復し和解を育てると説明。「人は土を支配するのではなく、土に仕える存在」と語り、貧困、紛争、気候変動が集中する農村で平和を築く指導者を育てる使命を強調した。
講演後は大宮教会の地下ホールにアジア学院の一日を紹介する展示や卒業生の活動、物品販売などのブースが設けられ、ガーナ、カンボジア、スリランカ、インドネシアなどから来日した卒業生や研究科生、職員、ボランティアが参加者と交流した。















