【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 魂のインフラとしてのお寺と教会――お寺を開く試み 友野剛行 2026年5月1日

私は日々、千葉県船橋市を拠点に「断らない福祉」を掲げ、強度行動障害や触法障害、あるいは住まい探しに困窮する高齢者など、いわゆる「支援困難」とされる方々の居住支援や生活支援に携わっています。
その実践の中で、私が最も大切にしているのは「手法」や「技術」ではありません。それよりもはるかに重要なのは、その場に流れる「空気感の醸成」です。
障害のある子を持つ親御さんが抱える「親なきあと」への不安は、単なる金銭管理や手続きの悩みではありません。それは、「自分が死んだあと、この子を誰が命そのもので受け止めてくれるのか」という、魂の叫びに近いものです。
現在の制度的な福祉は平日の9時から17時の枠組みや、数年ごとの担当者異動、そして「できないこと」を数え上げるアセスメントに縛られがちです。そこに欠けているのは、時間を超えて存在し続ける「安心の根源」ではないでしょうか。
ここにお寺や教会が「相談室」を開く大きな意義があります。お寺や教会には、世俗とは異なる「時間軸」が流れています。担当者の異動に一喜一憂する必要はなく、そこには数百年、数千年にわたって蓄積された「祈り」の空気感があります。
私は、この場の持つ力を量子論や生物学の視点からも捉えています。細胞内のミトコンドリアが発する微弱な光、バイオフォトンの共鳴や「量子もつれ」のような非言語的なコミュニケーションが、言葉を超えた安心感を本人や家族に与えるのです。
「お寺と教会の親なきあと相談室」に期待したいのは、制度に足りない「逃げ場所」「居場所」「つながる場所」になることです。 具体的には、以下の三つの役割を担っていただきたいと考えています。

上行寺船橋別院での「親あるあいだの語らいカフェ」に参加する筆者(左から3人目)
第一に、「受信機」としての傾聴です。 相談に来る方は、すでに疲れ切っています。そこで必要なのは「指導」ではなく、相手の周波数に合わせ、言葉の裏にある「真意」をキャッチする姿勢です。
第二に、「過去の輝き」に光を当てることです。福祉の現場では「できないこと」ばかりが注目されますが、お寺や教会こそが、その人の人生の歴史や自尊心を守る場であってほしい。自尊心が守られて初めて、人は支援を受け入れる土壌が整います。
第三に、「社会のダークマター(つなぎ役)」です。 私たち「あんど」のような居住支援法人や、行政書士、福祉専門職と連携し、地域共生社会のハブとなっていただきたい。不動産(ハコ)と福祉(人)に加え、宗教(魂)が協働することで、孤独死や孤立を防ぐ最強のネットワークが完成します。
「自立とは、依存先を増やすことである」と私は考えています。お寺や教会が、親御さんやご本人にとっての「新たな依存先」となり、ともに「波動を確かめ合う」存在になってくださることを切に願っています。
すべての出会いに学びがあり、出会わなければよかった人など一人もいない。その確信を、お寺や教会の皆さんと共に分かち合いたいと思います。
ともの・たけゆき 株式会社ふくしねっと工房 代表取締役、株式会社あんど 共同代表。一般社団法人千葉県居住支援法人協議会代表理事。20代後半で無認可小規模作業所と出会い、福祉の道に入った。著書に『居住支援実践マニュアル〜この本をたたんだら誰かに会いにいきましょう』(ぶどう社)など。趣味は野草、瞑想、科学書を読むこと。
*問い合わせは同相談室(https://otera-oyanaki.com/)まで。
【「親なきあと」をともに生きる~お寺と教会の〈語らい〉から始まる支援】 社会福祉士僧侶が期待する「相談室」の役割 泰圓澄一法 2026年4月21日














