『福音派』が第16回キリスト教書店大賞 加藤喜之氏〝文明宗教〟が分断と排除生む 2026年9月6日

第16回「キリスト教書店大賞2026」の授賞式と記念講演会が9月5日、日本基督教団銀座教会(東京都中央区)で開かれ、大賞を受賞した加藤喜之氏(立教大学文学部キリスト教学科教授)が登壇した。受賞作は『福音派――終末論に引き裂かれるアメリカ社会』(中公新書)。同賞はキリスト教出版販売協会が主催し、全国のキリスト教書店員が前年に刊行された書籍の中から「売りたい、お勧めしたい本」を投票で選ぶ。
昨年9月に刊行された『福音派』は、第二次世界大戦後の米国社会を、福音派とその背景にある終末論に着目してたどったもの。人種差別、中絶や同性婚、イスラエルとの関係、歴代大統領との交錯などを通して、福音派が政治的・文化的影響力を拡大してきた過程と、キリスト教ナショナリズムが台頭する現在地を描いた。
授賞に際して加藤氏は、全国のキリスト教書店から選ばれたことへの感謝を表明。「固有名詞がやたらと読みにくい本」でありながら多くの読者に届いたことを喜び、「今、世界が置かれている状況を少しでも理解する手助けになったら」との思いで執筆したと振り返った。キリスト教界にも広く受け入れられたことについて「本当にありがたい」と語った。

続く記念講演の主題は「『宗教復興』の正体――政治化するアメリカのキリスト教」。著書そのものの解説ではなく、「その先にある、現代社会をどう理解していったらいいのか」を考えたいと切り出した。焦点を当てたのは、一方で教会離れが進み「制度宗教」が衰退しているにもかかわらず、他方で宗教的な言葉やシンボルが政治の中でかえって存在感を強めているという逆説だった。加藤氏は、この現象を読み解くキーワードとして、自ら「文明宗教」と呼ぶ概念を提示した。
教会や教団など従来の制度に包摂されていた聖書、十字架、神、摂理、祝福といった言葉やシンボルが、その文脈を離れて市場やメディア、政治空間へと流れ出していると加藤氏は分析する。「宗教が衰退してなくなってしまった」と見るのは正確ではなく、制度宗教が弱まる一方、宗教的言説やシンボルはむしろ活性化しているという。
その背景にあるのがグローバル化による産業構造と共同体の変化。製造業の流出や雇用の不安定化によって中間層が痩せ、地域社会、商店、学校、教会など従来、人々に帰属意識や尊厳を与えてきた共同体も弱体化した。そうした中、「この偉大なアメリカという文明に属している」「この国は神に守られている」と訴える文明宗教が、グローバル化から取り残された人々の傷ついた自尊心に直接働きかけるという。
さらにSNSなどのメディア環境は、宗教的なメッセージを教会や聖職者という媒介を経ずに拡散させる。それによって「我々」と「彼ら」、「味方」と「敵」という二分法が生まれやすくなり、宗教的アイデンティティとナショナリズムが接合されていく。加藤氏はキリスト教ナショナリズムを、米国を本来的にキリスト教国と位置付け、政治的な力を通して社会にキリスト教的価値観を確立、維持しようとする文化的・政治的イデオロギーと説明した。
第二次トランプ政権では、反キリスト教的偏見を根絶するためのタスクフォースやホワイトハウスの「信仰局」、宗教自由委員会などを例示。加藤氏は、保守的な宗教者が選挙時の集票にとどまらず、政策決定にも関与する構造が生まれていると指摘した。
一方で繰り返し強調したのは、福音派を一枚岩として捉えてはならないという点。「福音派=強固なトランプ支持者でもないし、福音派=強固なナショナリズムでもない」とし、キリスト教ナショナリズムに反対する福音派も存在するほか、同様の思想は保守的なカトリックなどにも広がっていると説明した。
講演の終盤では、宗教とナショナリズムの結合が平和に及ぼす危険にも言及し、排除すべき相手を設定することで自らの尊厳を回復させる政治は、国内の分断を深めるだけでなく、国外にも敵を求め、宗教的言説による戦争の正当化につながりかねないと警告した。
質疑では、『福音派』という書名ゆえに、国内の原理主義的な立場に立つ一部の福音派から批判されることもあると明かしつつ、同書で描いたのはあくまで米国福音派の歴史と現在の一側面であり、むしろ著書や各種メディアでの発言を通して、福音派の中にも異なる神学的、政治的立場が併存しているという多様性を強調してきたと述べた。
また、著書でも論じたディスペンセーション主義や終末論と右派政治との関係について、1970年代以降の福音派の政治運動を動機付ける上で大きな役割を果たしたとしつつも、「一つの終末論が必然的に一つの政治的立場を作り出すわけではない」と強調。宗教運動を見る際には、その時代に誰がどの言葉を使い、どのような運動を展開したのかを歴史的にたどることが重要だとし、「キリスト教=排外主義」といった短絡を避ける必要性を訴えた。
















