古代ローマから天正遣欧使節まで ヤマザキマリ「地球サイズ」の世界 世田谷文学館で展覧会 2026年10月8日

『テルマエ・ロマエ』『プリニウス』などで知られる漫画家、文筆家、画家のヤマザキマリさんの創作と人生をたどる企画展「ヤマザキマリの世界 今この瞬間を生きる―Carpe Diem―」が10月3日、東京都世田谷区の世田谷文学館で始まった。漫画原稿やイラスト、油彩画、エッセイに加え、幼少期の絵や愛用品などを通じ、国や時代の境界を越えてきたヤマザキさんの「地球サイズ」の世界観に迫る。会期は2027年2月7日まで。
ヤマザキさんは1967年東京生まれ。14歳で1人でヨーロッパを旅し、17歳でイタリアへ渡って油絵と美術史を学んだ。その後もエジプト、シリア、ポルトガル、米国など各地で暮らし、自らを「筋金入りの遊牧民型」と称してきた。展覧会では、そうした移動と出会いの蓄積が、古代ローマと現代日本を往来する『テルマエ・ロマエ』などの創作へどのようにつながっていったのかをたどる。

エッセイカット《フランス・アングレーム》(『ヤマザキマリの世界逍遥録』)Ⓒヤマザキマリ
会場には代表的な漫画作品だけでなく、『テルマエ・ロマエ』以前の作品、幼少期の絵、普段読んでいる本、自作の服、仕事場を再現した空間なども並ぶ。ヤマザキさんは内覧会で、今回の展示を自分の「ポケットの中身」をすべて出して見せるようなものと表現。漫画家となる以前の経験や関心も含め、それらすべてが後の創作を形づくる土台だったことを振り返ったという。
初日には、ヤマザキさんと西洋美術史家でせたがや文化財団理事長の青柳正規さんによる記念対談が開かれ、マリオ・アンドレア・ヴァッターニ駐日イタリア大使も特別ゲストとして参加した。約150人を前に、古代ローマ、日本とイタリアの文化、動物、宗教など、話題は自在に時代と地域を行き来した。対談の模様は12月24日にエフエム世田谷「ほんとわラジオ」で放送される予定。
中でも興味深かったのが、古代ローマと日本の共通性をめぐる話題だった。ヤマザキさんは、キリスト教が広まる以前のローマ社会が多神教世界だったことに触れ、人々が神々の物語や劇場で演じられる悲劇を通して、人間の欲望や愚かさ、生き方について考えていたと指摘。日本にも、多種多様な神仏や妖怪を身近に感じてきた民間信仰の蓄積があるとして、自身も「ゲゲゲの鬼太郎」のような作品から多くを教えられたと語った。
ヤマザキさんの作品で古代ローマと日本がしばしば違和感なく接続される背景には、風呂だけでなく、こうした「異質なものを排除せず共存させる」文化への関心もあるようだ。対談では、古代ローマと江戸時代には共通するところが多いとの話にも及んだ。
会場を沸かせたのが、古代ローマの生活用品をめぐる話。ポンペイ周辺から出土した1世紀ごろの調理器具には、丸いくぼみがいくつも並び、日本人には「たこ焼き器」にしか見えないものがある。実際には目玉焼きや丸パンなどを作る器具とみられているが、時代も場所も隔たった生活文化の思わぬ類似は、まさに『テルマエ・ロマエ』を思わせるエピソードだ。
また、動物に対する人間の感覚にも話は広がった。古代エジプト人の猫への愛好に対し、ローマ人には忠誠を示す犬が好まれる傾向があったと紹介。一方、初代皇帝アウグストゥスについては猫を好んだ人物として話題に上り、思い通りにならない猫との関係から、「自由でいることを束縛しない」関係について話が展開した。
ヤマザキさん自身、近年は古代ローマ人「ミネルヴァ・カクーメン・モンティス」を名乗るVTuberとしても活動し、古代ローマの文化や生活を発信している。
キリスト教との接点で注目されるのが、ヤマザキさんが強い関心を寄せている天正遣欧使節だ。1582年に日本を出発した伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノの4少年は、ポルトガルやスペインを経てローマに入り、教皇グレゴリウス13世らに謁見した。

『リ・アルティジャーニ ルネサンス画家職人伝』 Ⓒヤマザキマリ/新潮社
対談でもヤマザキさんは、もし可能なら「天正遣欧使節の4人にインタビューしてみたい」と語った。今年2月には宮崎で伊東マンショをめぐる講演を行い、自身が14歳で単身欧州を旅した経験と、10代で海を渡った少年たちの体験を重ねて語っている。また5月に長崎県大村市で開かれた講演後には、4少年について「いずれなんとか漫画にしたい」との意向も示した。
展覧会タイトルに掲げられた「Carpe Diem」は、ラテン語で「一日を摘み取れ」。将来を恐れて現在を犠牲にするのではなく、目の前の一日を生きるという意味をもつ言葉で、ヤマザキさんは自身の著書のタイトルにも用いてきた。世田谷文学館は、この言葉を「一日一日を目いっぱい楽しめ」というヤマザキさんの生き方そのものに重ねる。
漫画家、文筆家、画家という肩書きにも収まりきらない仕事を通じて、古代と現代、日本と欧州、宗教と日常を横断してきたヤマザキさんの視線を体感できる展覧会となっている。
会場は世田谷文学館2階展示室。開館は午前10時~午後6時(入場は午後5時半まで)。月曜休館(祝日の場合は翌平日)。一般1500円、65歳以上・大学・高校生900円、小・中学生450円。11月28、29日は観覧無料。

©︎ヤマザキマリ 撮影:能美 潤一郎
















